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暦部「長周期変光星の推算極大」をくわしく解説!

 長周期変光星とは,くじら座オミクロン星(通称,ミラ)のように数百日の周期で10倍以上明るくなったり暗くなったりする脈動星を指すことが多い.天文部の分類ではミラ型と呼んでいるそれらの星を,本項目の対象としている.ミラ型の脈動星は,太陽ほどの重さの星が進化して一生の最後を迎えつつある巨星段階に現れる.1天文単位(地球と太陽との距離)程度かそれよりも大きな半径を平均として,膨張収縮によって半径が1割か2割変化するのを数百日の周期で繰り返している.この長い周期と,10倍以上(等級にして2.5等級以上)の大きな明るさの変化が特徴である.変光星総合カタログ には, 2013年時点で5千個以上の長周期変光星が登録されている.このうち,極大が7.3等級よりも明るいような観測しやすい北半球の76個を選んで,その極大がいつ起こりそうか(いつ最も明るくなりそうか)ということを推算して本項目に掲載している.その日時は,

極大日時 = 元期 + 脈動周期 × サイクル数

という式で計算できる.元期は,あるときに観測された極大の日時を利用して得られる基準であり,サイクル数には元期からある極大までに何サイクル繰り返すかという整数値が入る.ただし,周期が1年以上の場合には,毎年極大が現れるとは限らない.その場合は極大が現れそうな年にだけその推算を掲載しているので,毎年76個の星の極大が掲載されているわけではない.逆に周期が短いために1年のうちに複数の極大が現れそうな場合には,そのうちの最初の日付だけを掲載している.

 さて,理科年表の暦部の重要性は,暦を正確に伝えるということであろう.1925年の創刊以来,まもなく100年になろうとするような長い期間,項目によっては1秒よりも高い精度で暦についての系統的な情報を掲載し続けている重要性は特筆すべきである.この暦の正確性という点において,「長周期変光星の推算極大」は異色の存在であるといえる.なぜなら,長周期変光星の極大の日時を正確に予想することは,(少なくとも現在の天文学の知識では)不可能なのである.図1を見るとわかるように,周期といっても変光のパターンはサイクルごとに変化している.そして,例えば周期が300日だとしても,極大から次の極大までの時間がかならず300日であるとは限らない.このような「非周期性」は,同じ脈動星の中でも例えばδ Cep型の変光では見られない.多くのδ Cep型星は規則正しく同じ変光パターンを繰り返し,極大となる日時を予想することが比較的容易である.また,本項目と近いところに掲載される「明るい食連星の推算極小」で取り扱われる食連星も規則正しい周期の変光を示す.それらの食による減光は,ケプラーの法則で記述される2つの星の公転運動によって決まるため,太陽系の惑星の運動を正確に予想できるように,食連星の変光も正確に予想することが可能である.ミラ型星が「非周期性」を示すメカニズムは,現代天文学でもよくわかっていない.また,ミラ型の中にも比較的規則正しい変光パターンを示すものと,サイクルごとに大きく形がかわるものと様々な星がある.

 筆者は,2014年から本項目の担当となり,以来2017年までの4回の推算を行ってきた.締切である毎年7月までに次の年に現れる極大を予想する.何年も前に計算された周期と元期を使うだけでなく,最近の変光の様子をアメリカ変光星観測者協会(AAVSO)のデータを考慮して,なるべく予想と実際の極大が近くなるようにと心がけている.本稿執筆にあたって,76個のミラの過去10年間のデータを調べたところ(図2),周期の5%程度予想から外れることは,上の式に基づいて予想をする限りはミラの「非周期性」のためにやむを得ないという結果が得られた.これまでの4回の推算では多くの場合10%以内で予想と観測が一致したが,中には100日以上の大きなずれの生じたケースもあるので,推算の精度を向上させるための今後の課題としたい.ただ,2013年版のGCVSカタログに記載された周期と元期による予想では10%より大きいずれの生じることが多く,それに比べれば正解に近い予想ができている.ミラ(くじら座オミクロン星)は,全ての変光星の中で一番初めに発見されたものと考えられている.周期が332日,変光範囲が2~10.1等級であるから1年くらいの周期で肉眼に見えるようになったり見えなくなったり,(少し気長に付き合うことを覚悟すれば)天体観察の格好のターゲットである.推算と実際の極大がどれくらい合うか外れるか,自らの観察で答え合わせを行ったり,自ら推算したりして頂くというのも,本項目の興味深い利用法かもしれない.

【松永典之 東京大学大学院理学系研究科(2017年6月)】

図1 アンドロメダ座R星(R And,周期409日)の変光の様子.アメリカ変光星観測者協会(AAVSO)のデータベースに登録されたデータを用いて,過去10年間の明るさの変化を示した(黒点).観測点のあいだを通るような滑らかな曲線(赤線)を描いて,その極大点(赤点)を調べた.2010年以降に現れた最近6回の極大前後についての拡大図も示す.変光パターンが毎回少しずつ異なっていることがわかる。

図2 極大の推算がどれだけずれてしまうかを示した図.76個のミラについて,2014年1月から2017年4月のあいだに起こった極大の日時をアメリカ変光星観測者協会(AAVSO)のデータを用いて調べ,それぞれの極大に対する観測値と推算極大の差を各ミラの周期に対してプロットした.計算方法1として示す×印の点は,変光星総合カタログ の2013年版に掲載されていた周期と元期をそのまま使って推算した場合で,観測される極大の日時とは大きくずれてしまうことがわかる.計算方法2として示す青い▲印は,実際に観測された10年間の変光の様子をなるべく再現するような周期と元期を使った場合にどれくらいずれが残るかを示している.赤い点は,2014年から理科年表に掲載していた推算値と観測値との比較である.

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