天文部「天体の距離」をくわしく解説!
恒星や銀河は、太陽系のはるか彼方、探査機すら到達しえない遠くにあります。そんな遠い天体の距離がどうしてわかるのでしょう?
■ 視差 ─ 距離測定の土台
私たちが物を見るとき、右目と左目では、目の間隔分だけ、物の位置、つまり視線の方向が異なります。この「視差」という現象を利用して私たちは物の距離を見積もっています。
天文学で最も信頼できる距離の測定法も視差を用いるものです。天文学では、地球の公転軌道を両目の間隔として用います。違う季節に天体を観測すると、見える方向がわずかにずれます。天体の距離は視差に反比例するため、視差を測れば距離がわかります (図 1 ) ★ 注 1 。
図 1 年周視差による距離測定。地球は太陽の回りを公転しているため、季節ごとに天体の見える方向が変わる。方向の変化量が天体までの距離に反比例することを利用して距離を測る。 |
人間の場合、20 km 先の物体を両目で見たときの視差が約 1 秒角です。 1 秒角とは大変小さな角度ですね。
なお、距離の単位としては「光年」もよく使われます。 1 光年は光が 1 年間に進む距離のことで、約 9 兆 4600 億 km です。パーセクと光年は互いに無関係に決められた単位ですが、 3.26 倍しか違いません(1 パーセク = 3.26 光年)。これは、光の速度と地球の公転半径がたまたま現在の値だから起こった偶然です。
太陽から最も近い恒星までの距離は 4.22 光年(39.9 兆 km)です。地球から太陽までの距離に比べ、太陽系の外の天体がいかに遠いかがわかります。したがって、ある天体までの距離が、太陽から測った距離なのか地球から測った距離なのかを区別する必要はありません。
我々 (太陽)から約 1000 光年以内の恒星の距離は視差で測れます。これ以上遠くなると視差が小さ過ぎて現在の技術では測れません。直径 10 万光年の銀河系の中で、視差で測れる範囲はごく一部なのです。
★ 注 1 地球の公転半径(約 1.5 億 km)を基線にして測った視差を年周視差と呼び、年周視差が 1 秒角(1 / 3600 度)となる距離を 1 パーセクと定義します。パーセクの綴り parsec は parallax(視差)second(角度秒 )からきています。 1 パーセクは約 30.8 兆 km です。年周視差が π(秒角)の天体の距離は 1 / π パーセク です。 |
■ 距離梯子
年周視差が使えない遠くの天体については、距離に応じて異なった測定法が用いられます (図 2 )。その多くは、天体の真の明るさを何らかの方法で推定し、それを見かけの明るさと比べることで距離を求めるもので、まとめて標準光源法といいます。同じ部類の天体なら遠くのものほど暗く見えるという原理です。原理は単純ですが、真の明るさの推定精度には本質的な限界があるので、視差に比べて距離の誤差は大きくなります。
図 2 距離梯子。横軸は地球からの距離を対数目盛りで表わしている。それぞれの距離測定法のおおまかな適用範囲が矢印で示されている。ここに載せた方法以外にもさまざまな測定法がある。 |
恒星 (主系列星)の真の明るさは色(スペクトル )に依存します。そこで、色から真の明るさを推定し、それを見かけの明るさと比較すれば恒星の距離が測れます ★ 注 2 。色と真の明るさの関係は、視差が使える近くの恒星から得られます。
銀河系内の星団や銀河系の周りの銀河は、それらに含まれている「セファイド型変光星」などで距離を測れます。セファイド型変光星の真の明るさは変光周期で決まります。そこで、変光周期を測って真の明るさを推定し、それを見かけの明るさと比較すれば距離が測れます。周期と真の明るさの関係は、距離が視差などで測られている近くの星団でこの変光星を見つけて求めます。セファイド型変光星は明るいので、銀河系を超えて最大数千万光年先の銀河の距離測定に使えます。
より遠い銀河の距離測定には、もっと明るい天体が使われます。超新星は太陽の 100 億倍も明るいため、数十億光年先の銀河でも超新星が現れれば距離が測れます。銀河自身の明るさを使う方法もあります。超新星や銀河の真の明るさは、セファイド型変光星などが使える近くの銀河から求めます。
このように、年周視差を土台にして、距離に応じていろいろな測定法を継ぎ足していくことで、順次遠くの天体までの距離が測れます (図 2 )。この様子を「距離梯子(はしご)」といいます。遠くの天体ほど梯子の継ぎ足しが多いために距離の誤差も大きくなります ★ 注 3 。
★ 注 2 色やスペクトルは距離には依りません。 |
★ 注 3 最近は、遠くの銀河に対して、重力レンズ現象などを用いた全く新しい距離測定がなされるようになっています。天体の真の明るさを推定する必要がなく、年周視差と同様、純粋に幾何学的に距離が求まります。 |
■ ハッブルの法則
銀河やクェーサーなど、宇宙膨張に乗っている天体は、ハッブルの法則 :
距離 = 後退速度 / H0
を使って距離を測れます ★ 注 4 。 H0 はハッブル定数です。後退速度は天体のスペクトルから正確に求まります。ハッブルの法則は万能です。 1 億光年より遠い銀河やクェーサーのほとんどはこれで距離が求められています。
ハッブルの法則を使うには H0 を求めておく必要があります。 H0 は、比較的近くの銀河の距離を距離梯子で測って求められています★ 注 5 。
H0 の測定誤差は 10 % 程度なので、ハッブルの法則を用いた距離の誤差も 10 % 程度です(宇宙論パラメータの誤差を除く )。
★ 注 4 非常に遠い天体では、宇宙論的効果のために、ハッブルの法則は「宇宙論パラメータ」を含んだ複雑な式になります。言い換えれば、宇宙論パラメータが正確に測られていないと距離の精度も落ちます。 |
★ 注 5 宇宙マイクロ波背景輻射などから全く別の原理で求めることもできます。 |
■ 1 つの天体に複数の距離がある?
非常に遠い天体はたくさんの「距離」を持っています。視差の原理で定義される距離、見かけの明るさと真の明るさの比で定義される距離、天体を出た光が我々に届くまでの時間で定義される距離などです。近くの天体ではこれらの距離は一致しますが、非常に遠い天体では宇宙論的効果のために別々の値になります ★ 注 6 。
100 億光年先に銀河を発見したなどというニュースが時々流れますが、大抵は、その銀河を出た光が我々に届くまでの時間で測った距離です。
【嶋作一大 東京大学 (2006年11月)】