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暦の改訂について 2016年版(平成28年版)

 天文現象を予測するには,太陽・月・惑星などの運動について知らなければならない.時々刻々と変わる天体の位置や速度について,これまで本書ではいわゆるDE(Development Ephemeris)を採用してきた.DEは米国ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory,JPL)が惑星探査用に編纂した月・惑星の暦であり,国際的にもっとも広く用いられているものである.具体的には昭和60年版(1985)からは DE200,平成15年版(2003)1)からはDE405 を導入してきた.
 DEは数値積分によって運動方程式を解くことで暦を推算しており,それに必要な初期位置・速度や運動方程式のパラメータである質量・天文定数などは観測値にもっともあうように推定されている.このため,国際天文学連合(IAU)の勧告する天文定数系とは必ずしも一致しないが,DE の定数が後に IAU の天文定数系で採用されるなど,より精密な定数系といえるだろう.ところが,IAU 2009/2012 天文定数系では近年の月・惑星探査の成果を取り入れられ,この関係が逆転してしまっていた.
 そこで,平成28年版からは DE405 の後継にあたる DE430 を採用することにした次第である.
 DE405 と DE430 のおもな違いは以下のとおりである.

1. DE430 には DE405 以降の20年弱にわたる観測値が反映されている.この間,水星には探査機 Messenger が,金星には Venus Express が,火星には Mars Reconnaissance Orbiter などが,土星には Cassini が到達し,測距観測が行われてきた.
2. 天王星・海王星・冥王星は依然としてほぼ光学観測のデータを元にしているが,より過去の観測値も追加することで偏りが改善されている.また,火星の暦推算には欠かせない小惑星の取り扱いも大きく変更された.
3. 月についても月レーザー測距(Lunar Laser Ranging,LLR)観測の継続,Apache Point 局の開設,GRAIL ミッションによる月重力場の精密化,物理モデルの改善などにより,精度向上が図られた.
4. 天文単位は 1 au=149597870.7 km で定義値となった.

 

これまで天文単位 au は 1日(1d=86400s)あたり 0.01720209895 rad の角速度で太陽の周りを等速円運動する質点の軌道半径と定義されていた.この 0.01720209895 はガウス引力定数 kとよばれ,19世紀にガウスが定めたものである.周期 T=2π/k365.256898 日1年であるから,これがほぼ地球の軌道半径に近いことは容易に理解できるだろう.
この定義を使うと,日心重力定数 GMsGMsk2[au3d-2] と一定の値になるから,au の具体的な値がわからなくても天体の運動を調べることができる.光学望遠鏡による観測では天体との距離を測ることはできないから,こうするより手段がなかったわけだ.そして,さまざまなパラメータの1つとして au を推定,GMsk2・au3/864002 により GMs を算出すればよい.しかし,測距を含む観測が主流となった現代では GMs も SI単位で直接求めることが可能であり,天文単位は必ずしも必要ではなくなってしまった.また,この方法では au や GMs の変動が何の変化なのかを判断しづらいし,相対論的な考慮も含まれていない.
 そこで,2012年の IAU勧告では天文単位 au の再定義がなされ,時刻系によらず上記のような定義値を採用する一方,ガウス引力定数は定数系から外すことになったわけである.
 天体別に具体的な黄経・黄緯・動径の違いをグラフにすると図のようになる.ただし,惑星は日心座標,月は地心座標,いずれも DE405 の数値から DE430 の数値を引いたものである.理科年表の表値は赤経で0.1s(1500 mas2)),赤緯で1″(1000mas),距離で 0.00001 au (1500 km,太陽) あるいは 0.001 au (150000 km,惑星) までであるから,影響はきわめて小さいといえる.
 最後に,おもなパラメータの違いをここにまとめておこう.

 

【 片山真人 】

1) 平成15年のトピックス「 暦の改訂について 」参照.
2) mas とは milliarcsecond,すなわち角度の 1″の1/1000 を表す単位.

















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