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重力波の初観測と重力波天文学の幕開け 2017年版(平成29年版)

 2015年に,アメリカの重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)によって重力波の初観測が実現された.これは,重力波の存在が理論的に予言されてから約100年を経て,多くの技術的な積み重ねの結果,達成された偉業である.また,重力波という宇宙を探るための新たな手段を人類が手に入れたという歴史的な出来事でもあった.
 重力波の存在は,一般相対性理論の帰結の1つとして,1916年にアルベルト・アインシュタインによって理論的に予言された.一般相対性理論では,重力は時空の性質として解釈される.質量の大きな物体があるとそのまわりの時空が歪み,そしてその歪みが周囲にある物体の運動に影響を与える.これが重力の正体である.ここで,時空の歪みを生み出している物体が時間的に変動すると,そのまわりの時空の歪みも時間的な変動を起こす.それが波として伝わっていくものが重力波である.
 重力波が存在することは,連星パルサー(互いに公転する中性子星の連星系)の電波観測によって,間接的には存在が証明されていた.観測された連星系の公転周期の変化が,重力波を放射することによってエネルギーを失うという一般相対性理論による予測値と,0.2%程度の精度で一致するという結果が得られていたのである.しかし,重力波の効果は非常に小さいため,その直接観測は実現されていなかった.
 その重力波が2015年に初めて観測された.それを実現したのは,アメリカの重力波観測所LIGOである(図1).


図1 重力波観測所LIGO
Courtesy Caltech/MIT/LIGO Laboratory

ルイジアナ州リヴィングストンとワシントン州ハンフォードの約3000km 離れた2つの場所に設置された重力波望遠鏡で,ほぼ同時に信号を観測したのである.観測されたのは10-21程度の振幅の重力波信号であった(図2).


図2 LIGOで最初に観測された重力波信号の波形
B.P.Abbott et al.
( LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration)
2016, Phys. Rev. Lett. 116, 061102をもとに作図

これは,地球と太陽の間の距離が,水素原子1個分の長さだけ伸び縮みする程度の非常に微小な歪み量であり,そのような観測を行うためには,極限的な精密計測技術が要求される.LIGOの重力波望遠鏡は,長さ4kmの基線長を持つレーザー干渉計である.マイケルソン干渉計を原理としており,レーザー光源から出た光をビームスプリッタで直行する2つの方向に分け,それらを4kmの腕の中で何度も往復させて戻ってきた光を干渉させる,というものである.重力波がやってくると,片方の腕が伸びれば他方の腕が縮むという差動変動が引き起こされ,その変動を干渉光量の変化から読み取るというものである.
 観測されたのは,連星ブラックホールの合体時に放射された重力波である.2つのブラックホール(BH)からなる連星系が,重力波を放射しながら互いに接近していき,最終的には合体してより質量の大きなBHが生まれる,という現象である.最初に観測された重力波イベント(観測された日付からGW 150914と名づけられた)は,太陽の36倍の質量を持つBHと29倍の質量を持つBHが,地球から13億光年(420pc)遠方で合体し,太陽の62倍の質量のBHが生まれた瞬間をとらえたものであった.太陽質量の約3倍に相当するエネルギーが放出される宇宙最大級の天体現象であった.2例目のイベントGW 151226では,それよりもやや軽く,それぞれ太陽質量の14倍と8倍の2つのBHからなる連星が合体したものであった.観測された重力波の波形は,一般相対性理論を数値シミュレーション計算で解く,数値相対論によって得られたものとよく一致していた.また,遠く離れた2か所で同様の明確な波形が得られていることから,今回の観測結果は確実なものといえる.
 この観測によって,「重力波天文学」という宇宙を観測する新たな手段を人類が手に入れたことになる.従来の電磁波による宇宙の観測では手に入れることができない知見を得ることが期待される.すでに最初の観測から,連星BHが存在することが初めて実証された.また太陽の30倍程度の質量を持ったBHという,これまでに知られているよりも質量の大きなBHが存在することも示され,その起源についての議論が起こっている.今後は,国内で建設が進められている重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)などの観測にも期待が高まる.また将来には,宇宙重力波望遠鏡によって,電磁波では観測できないような,誕生直後の宇宙の姿を直接観測することも夢ではない.

 

【 安東正樹 】

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