重力波とマルチメッセンジャー天文学 2017年版(平成29年版)
史上初の重力波の直接検出を受け,「重力波天文学」だけでなく新たな天文学の可能性が注目を集めている.天体からのあらゆるシグナルを駆使する「マルチメッセンジャー天文学」だ.
Advanced LIGOなどの重力波望遠鏡は宇宙の様々な方向からやってくる重力波をとらえることができる.これは,望遠鏡を空の特定の方向に向けて観測を行う通常の天文観測とは異なる大きな利点である.しかし一方で,重力波望遠鏡だけでは重力波がどこからやってきたのかを正確に決めることはできない.たとえば,初の重力波天体GW 150914の到来方向の決定精度はおよそ600平方度(1度角×1度角の正方形が1平方度)であった.これは満月の大きさ約3000個分にも及ぶ広大な領域である(図1).2例目の重力波天体GW 151226ではさらに領域が広く,1400平方度(満月約7000個分)であった.つまり,重力波を放った天体が宇宙のどこに存在するのかはわからないのだ.
図1 GW 150914とGW 151226の天球面上における位置決定精度
もし重力波検出に続いて,電磁波による天文観測で重力波天体を見つけ出すことができれば,その位置を正確に決めることができ,重力波天体のさらなる研究の道が開かれるだろう.たとえば,電磁波観測によって重力波天体が現れた銀河を同定することができれば,重力波天体までの距離がわかるため,観測された重力波の真の振幅を決定することができる.また,重力波天体がどのような銀河のどのような環境にいるのかがわかれば,重力波天体の形成過程に迫ることもできるだろう.
このような重要性から,2015年に発見されたGW 150914,GW 151226の2つの重力波天体に対し,γ(ガンマ)線,X線,可視光,赤外線,電波といったあらゆる波長の電磁波で精力的な電磁波対応天体の探査観測が行われた.図2はGW 150914に対する観測で電磁波観測がカバーした領域を示しており,大半の領域が何らかの波長でカバーされたことがわかる.残念ながら有力な対応天体は発見されなかったが,本格的な「マルチメッセンジャー天文学」が始まったといえる.
図2 GW 150914の電磁波観測領域
重力波天体GW 150914,GW 151226はどちらもブラックホール同士の合体であったが,そもそもブラックホール同士の合体が電磁波で輝くかは未だ謎である.しかし,今後は中性子星同士の合体や,ブラックホールと中性子星の合体からも重力波が検出されると期待されている.中性子星を含む合体現象は様々な電磁波で輝くだろう.たとえば,中性子星の合体(またはブラックホールと中性子星の合体)は「γ線バースト」の母天体であると考えられているため,γ線やX線では重力波とほぼ同時にγ線バーストが見えるかもしれない.また,中性子星を含む合体現象では,中性子捕獲反応によって金やプラチナ,ウランなどの重元素が合成されて宇宙空間に放出されることが知られており,その放射性崩壊エネルギーによって可視光や赤外線の放射が期待される.このような電磁波放射がとらえられれば,重力波天体の同定だけでなく,宇宙における元素の起源の研究にも大きなインパクトを与えると考えられる.また,放出された物質が宇宙空間のガスにせき止められるにつれて,電波放射が起こることも期待されている.このような予想をもとに,様々な波長の電磁波で重力波天体をとらえようとする試みが本格化している.
今後ヨーロッパのAdvanced Virgoと日本のKAGRAが重力波観測に加われば,重力波の位置決定精度は約10平方度程度まで飛躍的に改善し,電磁波対応天体の発見のチャンスはますます高くなる.重力波とすべての波長の電磁波を駆使した新しい天文学が切り拓かれることにぜひ期待したい.
【 田中雅臣 】
[画像出典]
図1:LIGO/Axel Mellinger
http://www.ligo.org/detections.php
http://www.ligo.org/detections/images/localization-comparison-gw150914-gw151226.jpg
図2:B. P. Abbott et al. 2016, ApJL, 826, L13