氷衛星 EnceladusとEuropaの地下海の発見 2018年版(平成30年版)
土星と木星は巨大ガス惑星と呼ばれ,土星は地球の95倍,木星は318倍もの質量を持っている.さらに,土星と木星を中心としてそれぞれ60個以上の衛星が回っている.こうした衛星はH2O氷を主成分として出来ており,氷衛星と呼ばれている.その中には火星や水星に匹敵するような大きさの衛星もあり,氷の溶融と氷結によって起きる火成活動も見つかっている.従来の観測データからも氷衛星の内部には暖かい液体の水が広範囲に広がっていることが強く示されていたが,最近,水蒸気噴出の直接的証拠がついに発見された.氷衛星が厚く固い氷地殻の下に隠していた地下海のベールがいよいよはがされようとしている.
土星探査機カッシーニは数多くの偉大な観測を成し遂げてきたが,Enceladusにおける間欠泉はとりわけ注目を集めた大発見であった.Enceladusは土星の衛星の中では6番目の大きさで,直径は500kmしかない(図1).探査機カッシーニの可視赤外マッピング分光計は,この小さな衛星から水や水蒸気が吹き上がり,氷の微粒子として数百kmの高さまで飛び散る様子をはっきりととらえたのだ.Enceladusの地下には水蒸気を供給し続ける貯水層が存在することがわかり,今ではその貯水層はEnceladusの全面に広がっていると考えられている.
図1 探査機カッシーニが発見した虎縞模様.画像下部の虎縞模様の地形は長さ130kmに及ぶ巨大なひび割れであり,この割れ目を通って地下海の水が間欠泉として噴出すると考えられている.
(画像提供:カッシーニ撮像チーム, SSI, JPL, ESA, NASA)
さらに驚くべきことに,噴出物の中から有機物や塩化ナトリウム,炭酸塩が検出された.2015年にはコロラド大学,ハイデルベルク大学,東京大学,海洋研究開発機構などの研究者を集めた国際チームが噴出物の中から岩石と熱水が反応してできるナノシリカ粒子を発見し,Enceladusの地下海の底では,地球の海洋底と同じように,高温の熱水が岩石を溶かし込んでいることを明らかにした.
Enceladusの間欠泉の活動を注意深く調べると,噴出はEnceladusの南半球にある虎縞模様(図1)付近で起きているようである.Enceladusが土星に最も近づくと噴出活動が盛んになり,土星から遠ざかると弱くなることもわかった.これは,間欠泉が土星の重力の影響を受けていることを明白に示している.こうした重力の影響を潮汐力と呼ぶ.celadusは土星の強い潮汐力にできるだけ逆らわないように,土星にいつでも同じ面を向けて自転している.しかし,Enceladusの公転軌道は完全な円ではないため,わずかに土星に近づいたり離れたりする.潮汐力はEnceladusと土星の間の距離に応じて変わるため,氷地殻の割れ目が閉じたり開いたりを繰り返して間欠泉の噴出が起きているのだ.
Enceladusの発見はさらなる地下海の発見をうながした.2012年のハッブル宇宙望遠鏡の観測から,木星の衛星Europaでも同じような間欠泉の存在が確認された(図2).もともとEuropaでは,木星の強烈な磁場の中を公転することで誘導磁場が発生していることが知られていた.誘導磁場の原因となる誘電体の有力候補がEuropaの地下海だったのだが,ハッブル宇宙望遠鏡はその決定的な証拠をつかんだのである.
図2 ハッブル宇宙望遠鏡が発見したEuropaの間欠泉.2012年12月に酸素と水素の発光をとらえることに成功した.Enceladusと同じように割れ目から噴出していると考えられる.背景のEuropa本体はボイジャー探査機とガリレオ探査機の撮像データから合成されている.
(©NASA,ESA,L. Roth,SWRI,University of Cologne)
氷衛星の地下海発見のインパクト,それは新たな生命環境が見つかったことである.液体の水が存在するというだけではない.人間を含む地球生命体は有機物によって構成されており,多種類の塩(ナトリウムやカルシウム,リン,マグネシウムなど)が生命活動に必要とされている.Enceladusの地下海には,そうした有機物や多種類の塩が含まれていることが,カッシーニの観測によって明らかになったのだ.加えて,熱水活動の熱エネルギーは生命活動維持のために利用できる.実際に,地球で最も古いタイプの生命は好熱古細菌であると考えられており,地球生命はまさに熱水系や温泉の中で誕生したらしい.氷衛星の地下海にはそのような生命誕生の条件が十分に備わっている可能性が高い.氷衛星の地下海がこれからの惑星科学,惑星探査のメインターゲットになっていくのかもしれない.
【 竝木則行 】