宇宙の年齢が1億年延びた? 2014年版(平成26年版)
ビッグバンの化石である宇宙マイクロ波背景放射の温度の空間分布を詳細に測定する目的で,欧州宇宙機関が中心となって 2009 年に打ち上げたのが Planck 衛星だ.2013 年 3 月には宇宙論に関する最初の成果が発表された.そこでの,宇宙の年齢が 137 億歳から 138 億歳に延びた,という報告は大きな注目を集めるに至った.
宇宙マイクロ波背景放射の温度が空の方向によってごくわずかに異なっていることは,1989 年に打ち上げられた COBE 衛星によって発見された.銀河や銀河団,宇宙の大規模構造といった宇宙の構造の種である揺らぎの発見に対して,2006 年のノーベル物理学賞が与えられている.しかし,COBE 衛星は角度分解能と感度の両方において,必ずしもすぐれてはいなかった.その問題点を克服すべく,温度揺らぎの発見後,米欧ですぐに後継の衛星計画が立てられた.理論研究によって,COBE 衛星が分解できなかった温度揺らぎの空間パターンを解析すれば,宇宙の発展を決定するさまざまな量が観測的に決定できることが明らかになったからである.例えば,宇宙の膨張の速度を与えるハッブル定数,元素の量,ダークマターの量,そして宇宙を加速させている謎のエネルギーであるダークエネルギーの量などである.また,これらの値が決まると,宇宙の発展を与える数式を解くことができ,宇宙の年齢を得ることも可能となる.
そこで,まず NASA が中心となって 2001 年に打ち上げたのが WMAP 衛星である.当初得られた結果は,宇宙の空間は平坦であり,宇宙全体の 73 % をダークエネルギーが,23 % をダークマターが,4.4 % を元素が占めているというものであった.さらにハッブル定数の値は,71 km/s/Mpc と求められた.これらの値から見積もられた宇宙の年齢が 137 ± 2 億歳であった.
WMAP よりも最大で 3 倍程度角度分解能をあげ,観測する周波数も倍増させた計画が Planck だ.より細かい構造を見ることが可能になり,さらに精密にハッブル定数や元素等の量を決定することに成功した.得られた結果は,ダークエネルギーが 68.3 %,ダークマターが 26.8 %,元素が 4.9 %,空間は平坦であり,ハッブル定数の値が 67.1 km/s/Mpc であった.見積もられた宇宙の年齢が 138.13 ± 0.58 億歳である.これらは前述の WMAP の結果とはわずかではあるが異なった値であったことが驚きをもって迎えられた.すでに非常に高い精度で決定されたと思われていたのに,変更を迫られたからである.
ただしこれらの値については,注意が必要である.ここで挙げたのは,Planck の温度揺らぎの観測データだけを使って解析した値である.しかし,Planck チームは,その他にも温度揺らぎに見つかった宇宙の大規模構造が及ぼす重力レンズ効果も考慮した場合,WMAP の偏光のデータを加味した場合などについて,上記の量の値を求めている.これらの結果は互いによい一致を示してはいるものの,% 以下のレベルでは異なっている.例えば,ダークエネルギーの値については,重力レンズを考慮すると 69. 6 %,WMAP 偏光を加えると 68.2 % である.ただし,宇宙年齢については違いは小さく,重力レンズを考慮すると 137.96 ± 0.58 億歳,WMAP 偏光を加えると 138.17 ± 0.48 億歳である.
さらに,値には誤差がついていることに注意されたい.例えば,年齢については 138.13 億歳を中心に,137.55 億歳から 138.71 億歳の間にある確率が 68.3 % であることを意味している.この確率を少し広げれば(例えば 95 % ),137 億歳もあり得ることになる.なお,138.13 億歳は年齢の分布の中央値だが,最頻値は 139.19 億歳であることもさらなる混乱を招くかもしれない.
一方で,当初 137 ± 2 億歳と報告していた WMAP 衛星も,9 年分の観測データすべてを用いた結果では,137.4 ± 0.11 億歳,最頻値は 137.6 億歳という値を得ていた.いつの間にか,138 億歳に近づいていたのである.
2014 年までには Planck 衛星は,これまで得られたすべてのデータを用い,さらに偏光という新たなデータを加えた精密な結果を出してくる予定である.Planck と WMAP の結果の違いがどこから来ているのかについても,詳細な検討が進められている.宇宙の年齢と宇宙の組成などの精密決定の確定まで,今しばらくお待ちいただきたい.
【 杉山 直 】