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月周回衛星「かぐや」 2009年版(平成21年版)

 日本初の本格的な月の科学観測を行う月周回衛星「かぐや」は2007年9月14日にH-IIAロケットで打ち上げられ,10月4日(日本標準時間)に月周回軌道に投入された.「かぐや」は主衛星と2機の子衛星「おきな」「おうな」から構成され,15種類の最新鋭の観測ミッションが搭載され,かつてない精度や分解能での観測が行われている.月の表層物質や地形,地下構造,重力,磁場などの特徴を調べる「月の科学」,月周辺のプラズマ環境や希薄大気の有無を調べる「月での科学」,月から惑星電波や地球を観測する「月からの科学」を行うほか,世界初の宇宙からのハイビジョン映像による教育啓蒙や,将来の月利用のための調査,工学実験も行っている.これらの詳細は「かぐや」のホームページに紹介があるので参照されたい(http://www.kaguya.jaxa.jp/).以下では「かぐや」の観測により拓かれてきた月の描像について,いくつかのトピックスを紹介する.

月裏側重力場の決定:惑星の重力異常は通常,地上からの電波トラッキングで探査機軌道の位置や速度変化を捉えることにより求めるが,太陽系惑星の多くの衛星と同様に月は自転と公転が同期しており常に同じ側が地球を指向するため,月の裏側は直接観測できない.「かぐや」では主衛星が月の裏側を飛翔中も子衛星を中継するドップラー観測により,世界で初めて月の裏側の重力場の測定に成功した.その結果,裏側の盆地の重力異常がマスコンと呼ばれる正の重力異常をもつ表側とは異なる特徴があることが分かってきた.月の表側に玄武岩の海が多く裏側では乏しいという表裏非対称性が表層だけではなく地下深くまでの特徴であることを裏付ける証拠である.月の広大な斜長岩地殻の形成過程や表裏非対称性の成因の解明への第一歩を踏み出したといえる.

高精度軌道決定と月形状決定:「かぐや」の子衛星「おうな」は電波源を搭載しており,相対VLBI観測によって高精度な軌道位置決定を実現している.その結果,「おきな」による中継ドップラー観測(4-wayドップラー観測)と合わせ,主衛星の軌道も裏側を含めて高精度に決定されており,レーザ高度計による測定結果からかつてない精度の月面高度分布図(図1)や月全体の形状がすでに得られている.ミッション終了時にはさらなる精度向上が期待される.月の形状中心と重心の位置のずれは表裏の地殻厚さの違いやその成因を解明する重要なパラメータである.また月の熱史やテクトニクスの研究にとって貴重なデータとなる,月表面地形や溶岩地域の傾斜角が精度よく求められた.このデータから月の火山活動が生じた時期の月の重力緩和の程度,ひいては月内部状態を探ることができる.すなわち,重力緩和が十分進んでいるなら火山活動が生じた時期が月内部がまだ熱く変形しやすい状態であり,逆に重力緩和が進んでいない場合は月内部がすでに冷えて固まりだした状態だったことを示す.


図1 月面の高度分布(国立天文台/国土地理院/JAXA)

月周辺プラズマ環境:「かぐや」には月周辺の電磁場,プラズマ粒子の観測装置も搭載されている.搭載磁力計によって100km高度における月面磁気異常の観測に成功した他,様々なプラズマ波動のデータが得られている.従来,地上からの光学観測で月にはナトリウム,カリウムなどの希薄な中性アルカリ大気の存在が知られていたが,「かぐや」は初めて月電離大気の質量分析を行うことでナトリウムイオン,カリウムイオンなどのアルカリ電離大気の存在を明らかにした他,地上からは検出できない酸素イオンなど他の電離大気成分の検出にも成功した.月周辺プラズマ環境の観測から,固有磁場・濃い大気がともに存在しない天体周辺のプラズマ環境についての普遍的な新しい知見が得られている.

【 岡田達明 】


図2 高精細画像「地球の入」(JAXA/NHK)

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