「はやぶさ」による小惑星イトカワの探査 2007年版(平成19年版)
小惑星探査機「はやぶさ」は,太陽系の小天体からその表面物質を採取して地球に持ち帰るというサンプルリターン探査に必要な技術を確立する目的で打ち上げられた探査機である.主目的は工学技術実証であり,主要技術としては,イオンエンジンによる惑星間航行,低推力推進と地球スイングバイの併用による軌道制御,自律機能による航法誘導,微小重力下での試料採取,そして,カプセルによる試料回収が挙げられる.
「はやぶさ」は,2003年5月9日に,鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所からM-Vロケットによって打ち上げられた.イオンエンジンを作動させながら,最初の1年間は地球軌道と似た軌道上を運行した.約1年後の2004年5月19日に地球に高度約3700kmまで接近して,地球の引力を利用した軌道制御である地球スイングバイを行い,目的地である小惑星イトカワに向かう軌道に乗った.その後もイオンエンジンによる加速を続け,2005年8月末までのイオンエンジンの延べ作動時間は,約25800時間となった.2005年9月12日,イトカワから約20kmのところでいったん接近を停止し,イトカワ到着となった.
イトカワに到着してから最初の2カ月間ほどは,4つの観測機器を使ってイトカワの科学観測が行われた.可視光分光撮像カメラ(AMICA)は,8バンドフィルタを持った視野5.7度のCCDカメラであるが,小惑星滞在中に約1500枚の写真を撮影し,イトカワの詳細な姿を明らかにした.最も顕著な特徴は,イトカワの表面にはクレーターが少なく,その代わりに大小多数の岩塊(ボルダー)が存在しているということである.近赤外線分光器(NIRS)は,波長0.8から2.1ミクロンの赤外線スペクトルを観測する装置であるが,8万以上のデータを取得し,おもに小惑星表面の鉱物組成解析のためのデータを取得した.また,蛍光X線分光器(XRS)は,5.9keVで分解能160eVのX線スペクトル観測装置であるが,約6000のスペクトルを観測し,表面の元素組成解析のためのデータを取得した.このNIRSとXRSとの観測により,イトカワの表面物質は,地球に多数落ちてきている隕石である普通コンドライトの中のLLコンドライトに近いということがわかった.レーザ高度計(LIDAR)は,探査機と小惑星表面との距離を1m以下の計測精度で測定する装置であるが,小惑星近傍滞在中に多数の観測を行い,表面の微細な凹凸の計測を行った.また,LIDARのデータに光学や電波航法のデータを加えて探査機の軌道解析が行われ,その結果よりイトカワの質量が3.51×1010kgと推定された.同時にイトカワの形状も正確に求められ,その体積は1.84×107m3と推定された.これらの推定値から密度を計算すると1.9g/cm3となる.この密度の値より小惑星内部の空隙率が40%と見積もられ,これはイトカワが「がれきの寄せ集め」でできていることを示唆するものとなった.イトカワは,元の天体が衝突でばらばらになったものが集積してできたという可能性が高いことになる.これらの観測結果は,小惑星の起源や進化を考えるうえで大きな影響を与えるものとなろう.
一連の科学観測が終わった2005年11月には,「はやぶさ」はイトカワへの接近とタッチダウンを試みた.イトカワのような差し渡し500mほどしかない微小天体のまわりでの探査機の運用というのは世界でも初めてのことであり,いろいろな試行錯誤があったが,最終的には,イトカワの表面に降りそして離陸するということに2度成功した.ただし,最後のタッチダウン後に燃料漏れ等のトラブルが発生したこともあって,試料が採取されたという確証は得られていないが,何らかの物質が捕獲されていることが期待されている.また,このトラブルにより,地球帰還が当初の予定より3年延びて,2010年6月となった.
「はやぶさ」は,イオンエンジンの惑星間における本格的運用,微小天体近傍での飛行とタッチダウンなど数々の世界初の試みを行った.その中でも,とくに,「はやぶさ」が地球と月以外の天体から離陸した世界初の探査機であることは強調しておきたい.
【「はやぶさ」ミッション&サイエンスチーム 】