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WMAPの見た宇宙 −宇宙論はどこまでわかったか− 2006年版(平成18年版)

 WMAPは,ビッグバンから現在まで宇宙を満たす「宇宙マイクロ波背景輻射」を観測する衛星である.1965年ペンジァスとウィルソンが発見したこの光は黒体輻射のスペクトルを持ち,平均温度はWMAPの前身COBE衛星が絶対温度2.725度(K)と決めた.この黒体は波長1.87mmで最大強度を持ち,電波望遠鏡で観測する.背景輻射が黒体であることは「宇宙が過去に熱平衡状態だった」ことを意味し,ビッグバンの確かな証拠を与える.
 WMAPは2001年6月30日,フロリダ州のケネディ宇宙センターを出発し,3ヵ月で観測拠点のラグランジュ第二点に到着,順調に観測を続けている.太陽電池の採用で寿命は半永久的だが,6年程度の運用を予定している.WMAPの目的は背景輻射の微小な温度ゆらぎ(2.725度からの微小なずれ)および偏光度の分布を測定することである.
 背景輻射の温度ゆらぎおよび偏光度は10万分の1以下と微弱なため,その分布は種(初期条件)となるゆらぎから線形摂動論を用いて計算できる.詳細は紙数の都合上述べないが,本質はつぎのようである.宇宙の温度が3000度まで冷えると,それまで自由に飛び交って光子を散乱していた電子は陽子と結合して水素原子となり,宇宙は晴れ上がって光子は直進する.しかし,それ以前では散乱のため個々の光子は直進できず集団的にまとまって運動し,ほぼ完全流体として振る舞う.光子流体は光速に近い音速を持つため圧力が大きく,流体に生じるゆらぎは圧力を復元力とした音波として宇宙を伝播する.そのため温度ゆらぎおよび偏光度の分布も音波として観測される.音波の波形は宇宙の物質密度,膨張速度,宇宙空間の幾何学といった「宇宙論パラメータ」に依存し,その依存性は線形摂動論で詳細に予言できる.また,音波の効果を引き去れば種となる初期ゆらぎの分布が現れ,宇宙が熱くなったビッグバン以前の物理状態―インフレーションの物理―をも調べられる.
 2003年2月11日,WMAPチームは初年度の観測結果を発表した.ハイライトは(1) 宇宙論パラメータの決定,(2) 偏光の測定,(3) インフレーション理論のテスト,とまとめられる.それぞれ述べると,(1) 宇宙の組成―宇宙の全エネルギーは以下のように分配される:バリオン4%,ダークマター23%,ダークエネルギー73%.宇宙の年齢―137億歳.宇宙空間の幾何学―平坦.宇宙空間ではユークリッド幾何学が使え,三角形の内角の和は宇宙の至るところで180度.(2) 測定された背景輻射の偏光度は,温度ゆらぎと線形摂動論の予言と一致し,標準宇宙モデルの確かさをゆるぎないものとした.加えて,偏光データからは第一世代の星々がビッグバンから約2億年後に続々と誕生し,星光によって水素原子は再び電離され宇宙が薄曇ったことが判明した.(3) インフレーション理論は,宇宙が平坦であること,初期ゆらぎの分布が正規分布をしており,その分散がゆらぎの波長にほぼよらないこと,温度と物質密度のゆらぎに「断熱式」と呼ばれる関係式があること,を予言する.これらすべてがWMAPで確認され,インフレーションの存在はほぼ確定的なものとなった.
 WMAPは観測を続けてデータの精度を上げていく.宇宙の基本的なパラメータは初年度でほぼ確定したが,より深遠かつ重要な問題―ダークマターやダークエネルギーの正体は何であるか,第一世代の星はどう産まれたのか,インフレーションはどう始まりどう終わったのか,は依然として未解決のままである.これらの問いに答えるためWMAPのさらなるデータが貢献することは間違いないが,WMAPを超えるような観測装置が必要となることも間違いない.

【 小松英一郎 】

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