木の年輪と太陽の長期活動 2004年版(平成16年版)
放射線炭素を利用して年代測定をする方法は,1947年Libbyにより提案された.銀河宇宙線は地球大気上空で衝突すると,空気の原子核を破砕し,低エネルギーの中性子を作り出す.この中性子は,大気中の窒素の原子核に吸収され,放射性の炭素(C14)が形成される.したがってC14の形成量は宇宙線の到来量を反映することになる.大気中で作られたC14は直ちに酸化され,炭酸ガスとなり,光合成反応を経て植物に取り入れられる.樹木のセルロースに入った放射性炭素は,そのまま固定化される.しかし放射性炭素C14は半減期~5730年で崩壊する.そこでこの放射性炭素が崩壊して出すβ線を測定することにより,その樹木が作られた年代を求めることができる.すなわち,古いセルロースからは既に放射性炭素は失われており,少量のβ線が測定できる.新しいセルロースからは逆に多くのβ線が検出されるからである.またC14の変動を測定すると過去の太陽活動がわかる.太陽活動の活性期には,太陽から盛んに磁場を伴ったプラズマ雲が放出される.そのため電荷を持った銀河宇宙線は,磁場で散乱されて太陽系に進入しにくくなる.一方太陽活動の静穏期には,銀河宇宙線は太陽系に進入しやすくなり,C14の生成量も増大する.したがってC14の変動を0.2%以下の誤差精度で測定すれば過去の太陽活動を解明できることが1990年頃はっきりしてきた.
1963年~1966年に小田・木越・長谷川・山越らは,樹齢約2000年の古い屋久杉中に含まれている放射性炭素の測定結果を発表した.これは放射線炭素の含有量の変動から,地球の磁場の長期変動と,マウンダー極小期のC14のピークを見つけた先駆的な仕事であった.その後,米国のスタイバーらがセコイアの年輪に含まれている放射性炭素をAMS法で系統的に測定した.そして紀元前9668年から1945年までの10年毎のデータを公表した(最終版は1998年発表).また1510年から1954年は毎年毎のデータを発表している.その結果1300年から1750年の間に4回太陽活動の極小期があることが明確になった.その存在はオーロラの回数の記録から予測されていたが,定量的に測定された意義は大きい.それぞれウォルフ極小期(1282-1342年),シュペーラー極小期(1415-1534年),マウンダー極小期(1645-1720年),ダルトン極小期と呼ばれている.ダルトン極小期の変動量は小さい.太陽活動が弱くなると,銀河宇宙線が地球に侵入しやすくなり,放射性炭素の生成量が増大する.これら3つの極小期C14の変動の振幅は約2%であった.
2003年,名古屋大学グループは,屋久杉中の炭素の含有量を主にシュペーラー極小期について毎年毎に0.3%の精度で測定した結果,太陽に11年のダイナモ活動が存在しており,1500年頃は特にそれが弱くなったことを見出した.また22年周期も恒常的に存在していると報告している.今後同じことがマウンダー極小期等,他の太陽活動極小期でも起こっているのかどうか興味が持たれる(1991年にロシアのコチャロフらのグループがマウンダー極小期には太陽の22年周期の活動が存在していると報告している).
また名古屋大学グループのシュペーラー極小期のC14の測定結果を,宇宙線起源核種であるベリリウムBe10を測定したスイスのベールらの測定値と比較したところ,お互いの変動がよく合致することを見出した.C14は作られた年から約15年地球大気に滞在し,次第に海洋に吸収される.一方Be10は約1年で大気から南極やグリーンランドの氷に落下する.この二つの測定値がよく合致するのは興味深い.マウンダー極小期やシュペーラー極小期には地球が寒冷化し,平均気温が低下したといわれている.太陽のダイナモ活動の長期変動が,地球の気候に影響を与えるのか,その答えは今後の研究を待たねばならない.
【 村木 綏 】