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自然免疫 2007年版(平成19年版)

 免疫系は病原体が生体に侵入した際に,それらをすみやかに識別し排除するシステムである.哺乳類では免疫系は大きく自然免疫と獲得免疫に分けられる.獲得免疫は,T細胞やB細胞によって担われ外来の異物(抗原)に対する抗体産生といった免疫応答を行う.この免疫応答は,一度侵入した病原体由来の抗原を記憶し,同一病原体の再感染に対して強い防御免疫を誘導する.一方,自然免疫は生まれながらに生体に備わっており,おもにマクロファージ,樹状細胞,ナチュラルキラー細胞によって担われる.長年自然免疫は,非特異的な貪食作用によって病原体を処理する一時しのぎの免疫応答と考えられてきた.しかし,自然免疫細胞も特異的な受容体を用いて微生物の侵入を認識していることがわかってきた.リンパ球がなく獲得免疫が存在しない昆虫でも,Tollと呼ばれる受容体が真菌を特異的に認識し感染防御が成立することが1996年に明らかとなった.翌年,哺乳類でもTollの存在(Toll-like receptor,TLR)が明らかとなった.自然免疫系の受容体は,哺乳類には存在しないが微生物でよく保存された特徴的な構造である分子パターンを認識することから,パターン認識受容体と呼ばれている.これらの分子パターンは微生物が共通して持ち,しかも生命維持に必須の分子であることが多いため,自然免疫系は限られた数の受容体で効率よく多くの微生物に対応することができる.TLRは,哺乳類では13種類が見つかっており,ノックアウトマウスによる解析から細菌,ウイルス,寄生虫,真菌といったあらゆる病原体の認識に関わることが明らかになった.TLRファミリー分子は各メンバーごとに特異的なシグナル伝達経路を有し,特徴的な生理作用を誘導する.TLRにより自然免疫系が活性化されると,炎症性サイトカインを産生するとともにT細胞との相互作用に必須の補助受容体の発現を上昇させ,獲得免疫の活性化の橋渡しを行うこともわかってきた.TLRファミリーは細胞表面やエンドソームに発現している.そのため,細胞質内に侵入してくる細菌やウイルスには対応できない.細胞質内に侵入してくる病原体を認識し自然免疫応答を誘導する新しい受容体群も発見され,その機能やシグナル伝達経路が研究されている.このようにTLRの発見を端緒に,自然免疫の分子機構が解明されてきた.自然免疫系のさらなる包括的な解析は,感染症に対する治療法の開発につながるだろう.また,生体防御反応としての自然免疫から獲得免疫の活性化に至る過程の総合的な理解によって,がん,アレルギー,自己免疫疾患等の新たな治療概念を生み出すことも可能である.

【 審良静男/植松智 】

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