単為発生マウス“KAGUYA”の誕生 2005年版(平成17年版)
雌のゲノムのみからなる単為発生マウスが作出され,かぐや姫になぞらえ“KAGUYA”と名付けられた.単為発生は,昆虫,魚類,鳥類,爬虫類,両生類などではごく自然にみられるが,哺乳類の個体発生には,精子および卵子に由来する両ゲノムの寄与が不可欠であり,哺乳類では不可能と考えられていた.その理由として,哺乳類に特有の後天的遺伝子修飾機構であるゲノムインプリンティング(遺伝子刷り込み)があげられる.大多数の遺伝子は精子および卵子に由来する染色体から等しく発現しているが,哺乳類では,一部の遺伝子ではあるが,対立遺伝子が母親と父親のどちらから由来したかにより発現が著しく異なるインプリント遺伝子が,100~200程度存在すると推定されている.したがって,雌ゲノムのみから構成される単為発生胚では,母親アレル発現をするインプリント遺伝子は過剰発現し,一方,父親アレル発現をするインプリント遺伝子は発現が抑制されているために,個体発生を遂げることができない.
ゲノムインプリンティングの情報は生殖細胞形成過程で刷り込まれる.このことは,未発育の生殖系列細胞ではゲノムインプリンティングの情報が刷り込まれていないことを意味している.そこで,卵子の操作技術を駆使して,新生仔に由来する未発育の卵母細胞の半数体ゲノムと,正常発育卵子の半数体ゲノムをもつ二倍体胚を作成したところ,雌側で制御されている遺伝子のすべてにおいて発現の逆転(すなわち父親アレルにおける発現パターン)が生じ,主要な臓器形成が認められる妊娠中期にまで発生延長することが明らかとなった.
この知見を踏まえ,さらに精子形成過程でゲノムインプリンティングを受ける遺伝子のうち,胎仔の成長を調節するインスリン様成長因子II型(Insulin like growth factor II, Igf2)遺伝子およびその下流に位置するH19遺伝子(タンパク質をコードしていない)の発現を片親性発現に改変するために,H19遺伝子本体とその上流の発現制御領域をあわせて欠損させたマウスを用いて単為発生胚が作成された.その結果,この単為発生胚では,新生仔卵母細胞由来のゲノムからは,本来発現するはずのないIgf2遺伝子が発現し,逆に,発現していたH19遺伝子の発現は認められなくなった.そして,わずかこの2つの遺伝子の発現制御が,広範な遺伝子の発現を正常化し,生存可能な単為発生個体の誕生を導いたのである.
“KAGUYA”の誕生は,後天的遺伝子修飾による遺伝子発現調節が,哺乳類の個体発生を支配している決定的な証拠となった.
【 河野友宏 】
■トピックス後日談■ 「単為発生マウス“KAGUYA”の誕生」 【 河野友宏(2017年9月)】 |