科学衛星「ようこう」の成果
1991年8月30日,宇宙科学研究所鹿児島宇宙空間観測所より,第14号科学衛星SOLAR-AがM-3SII-6号機により成功裡に打ち上げられ,「ようこう(陽光)」と命名された.「ようこう」は,1981年に打ち上げられた第7号科学衛星「ひのとり」に続くわが国2番目の太陽観測衛星で,太陽フレア(太陽面爆発現象)および太陽コロナの物理現象をX線-γ線を用いて解明することを目標としている.
「ようこう」には,硬X線望遠鏡,軟X線望遠鏡,ブラッグ分光器,広帯域スペクトル計の4つの観測機器が搭載されている.硬X線望遠鏡は,すだれコリメーターの技術を応用したフーリエ型X線望遠鏡であり,世界で初めて30keV以上で,太陽フレアの高分解能撮像観測を行う.軟X線望遠鏡は,斜入射X線光学系と1024×1024素子の固体撮像素子(CCD)により,5~40Åの波長で太陽コロナおよび太陽フレアの撮像を行っている.3秒角の高い空間分解能,CCDの使用による高感度化,鏡面精度の向上による高画質化が達成されている他,わが国の科学衛星では初めてマイクロコンピューターにより望遠鏡の制御が行われている.ブラッグ分光器は,鉄・カルシウム・硫黄の輝線群の観測により,フレアに伴う高温プラズマの分光学的診断を行うもので,「ひのとり」やSMMに搭載された装置に比べ,約1桁高い感度を有している.広帯域スペクトル計は,5 keVから10 MeVの広いエネルギー範囲をX線スペクトルを計4台の測定器によって測定する.
このように「ようこう」衛星では,硬・軟X線望遠鏡を中心として,従来の装置を大幅に上回る性能を持つ4つの観測装置が有機的に結合して,太陽フレアとコロナの観測を総合的に行えるよう工夫されている.「ようこう」は,太陽フレアおよび太陽コロナで発生するさまざまな活動現象を観測対象としているため,太陽活動が最も活発になる黒点数の極大期に打ち上げられた.打ち上げ後1年間の運用で,数100発の太陽フレアおよび,約50万枚の極めて良質の静穏太陽の軟X線画像が得られ,太陽の研究を一新する成果が生まれつつある.以下に主な成果を概観する.
太陽フレアの軟X線観測から,軟X線で明るく輝くフレアルーブの上空にX型の磁場構造が発見され,磁気リコネクション(磁力線つなぎかえ)によりフレアのエネルギー解放が行われていることがほぼ確実となった.「ようこう」の観測により,長い間謎につつまれていたフレア現象にも突破口が開かれつつあると言える.また,「ようこう」と国立天文台の共同観測により,Hα線で見られる上昇しつつあるプロミネンス(紅炎)の下部に,軟X線ルーブ構造が形成される観測例が発見された.これは,プロミネンス上昇により開いた磁力線が形成され,これが磁気リコネクションにより閉じることにより加熱がおこり,軟X線で明るく輝くためと考えられる.これは,太陽フレアと同様のメカニズムがエネルギー規模を小さくした形で,静穏太陽にも発生していることを示している.
太陽全面の軟X線画像のムービーを見ると,太陽コロナの磁場構造が短時間で大規模に活性化され構造変化する例が無数に観測され,従来は静的と考えられていた太陽コロナが,予想以上にダイナミックな振る舞いをすることが分かってきた.これらの現象に共通して重要な素過程が,磁気リコネクションである.従来,磁気リコネクションは,太陽コロナ中ではプラズマの電気抵抗が小さいため発生しにくいと考えられていた.このため,磁気リコネクションの存在を観測的に示した「ようこう」の観測結果は極めて重要であるが,どういう条件の時にリコネクションが発生するのか等,多くの新しい理論的問題を提起することとなった.
この他にも,以下のような新発見がある.(i)静的な状態にあると考えられていた活動領域の小磁力管に短時間(数分)の加熱現象(マイクロフレア)が頻発している現象,これは,異なる磁力管のリコネクションにより生じており,コロナや活動領域の加熱に寄与している可能性がある.(ii)活動領域の磁場構造が,構造変化や膨張を繰り返し,質量と磁束を惑星間空間に放出している現象.(iii)コロナルホールが光球面の差動回転と異なりほぼ剛体回転している現象.(iv)磁気浮力でコロナへ浮上しつつある磁場から強いX線放射が起きている現象.(v)高速X線ジェット現象.これは,磁気リコネクションにより,高速のプラズマ運動が発生し,X線ジェットとなると考えられる.
「ようこう」は,現在も太陽活動の極大期から極小期へ急速に変化しつつある太陽をつぶさに観測しつつあり,今後も多くの新しい知見をもたらすに違いない.
【常田佐久】