X線天文衛星「あすか」
宇宙科学研究所の第15号科学衛星ASTRO-Dは,平成5年2月20日午前11時(日本時間),鹿児島宇宙空間観測所よりM-3SII-7号機により打ち上げられた.ロケットの飛翔はきわめて順調で,衛星は無事近地点約520km,遠地点約620kmのほぼ予定どおりの略円軌道に投入され,「あすか(飛鳥)」と 命名された.
「あすか」には4台のX線反射望遠鏡(XRT)が搭載されており,それぞれの焦点にX線検出装置がおかれている.X線反射望遠鏡の焦点距離は3.5mで,光学ベンチによって焦点面検出器とつながれるが,3.5mもの光学ベンチはロケットのノーズフェアリング内に収納できないため,打ち上げ時には畳まれていて軌道投入後に伸展された.X線検出装置には撮像型ガス蛍光比例計数管(GIS)2台とX線CCDカメラ(SIS)2台の2種類があり,いずれも撮像および分光性能を備えている.
打ち上げ後数週間かけて衛星の基本的な機能確認,本格的三軸姿勢制御の運転開始,観測装置の運用開始等の作業が順次行われた後,試験観測が開始され,9月初め現在約1日に1個の観測ペースで,各種X線源が次々と観測されている.試験観測は10月で終了し,その後は主に日米の研究者からの観測提案に基づく観測が継続的に行われていく.
この試験観測期間の初期3月30日には,おおぐま座にある近傍銀河M81中に超新星1993Jが発生したことが通報され,「あすか」も急遽予定を変更して,4月5日と7日にM81の超新星の方向の観測を行った.その結果,M81の中心部から約3分角離れた位置にある超新星から強いX線が出ていることがわかった.このような早い時期の超新星残骸からのX線を検出したのは,史上初めてのことである.
また,試験観測を通じて,搭載X線観測装置が期待通りの性能を発揮していることも確認されてきている.これらの装置はすぐれた分光性能を持っており,とくに,数百万度から数千万度といった超高温ガス中にある高電離状態の各種元素の特性X線を精度良く観測できる.広がったX線源である超新星残骸のいろいろな場所の分光観測を行うことにより,われわれの生活を支えている各種の重元素は進化した星の中心で作られ,超新星爆発によって宇宙空間にばらまかれたものであることを,目の当たりにすることができてきている.また,遠方の銀河団を包む高温ガス中の重元素が,個々の銀河からの汚染によるものであることなども明らかになっていくことが期待されている.
X線観測から得られた銀河間空間の超高温ガスの量は,銀河団に属する銀河全体の質量より多いことがふつうであり,宇宙の中で観測にかかる物質の中では超高温ガスが一番多いと考えられる.さらに,銀河団のX線観測では,超高温ガスをある領域にとらえておくための重力の大きさから,超高温ガスの量よりさらに10倍もある暗黒物質の存在を知ることもできる.宇宙の構造を研究する上で,X線による銀河団の超高温ガスの観測は不可欠のもので,数keV以上のX線に対し初めて撮像能力を持つ「あすか」の成果が期待されている.
「あすか」搭載のX線観測装置は,0.5~10keVといった広いエネルギー範囲のX線に対しこれまでにない弱いX線源を見つけ出すことのできる能力を持っていることも特徴である.そのすぐれた感度により,宇宙X線背景放射といわれる空のどこからも同じ強さでやってきているX線成分の起源の解明にせまれるものと期待されている.これまでの種々の観測事実を考察してみると,宇宙X線背景放射の起源は,宇宙の中にはじめて出現してきた原始銀河である可能性もあり,「あすか」が遠い宇宙のはて近くにどのような天体を見つけ出すか楽しみである.
【井上 一】
■トピックス後日談■ 「あすか」の一生 【井上一(2019年6月)】 |