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ヒッパルコス星表

 全天約12万星(V12)の位置(精度±1mas)と三角視差(±1mas)と固有運動(±1mas/年~±5km/s/kpc)に関するヒッパルコス星表が1997年6月に公表された(1mas=0.″001).前例のない高精度位置天文情報を提供するこの星表は,天文学の二つの根本的弱点(星々の距離と横断速度決定)を飛躍的に補強すると期待されている.この星表は,ヒヤデス星団,プレアデス星団の距離やセファイド型変光星,こと座RR型変光星の絶対等級の再検討,さらには銀河系内部運動の再検討を通して,恒星進化論,銀河進化論,宇宙進化論に新たな波紋を投げかけようとしている.
 地上位置天文の宿命的な障害-制御不可能な大気屈折・大気ゆらぎと観測装置の重力変形-を避けるべくスペースでの位置天文がヨーロッパで考えられはじめてから,欧州宇宙機関(ESA)による位置天文衛星(HIPPARCOS;HIgh Precision PARrallax COllecting Satellite)が1989年8月に打ち上げられ,約4年間のミッションを経て星表編集に至るまで四半世紀以上の歳月を要した.太陽をとりまく天域全体に対して星々の絶対固有運動と絶対三角視差(「おもな恒星」参照)を正確に測定するためには,従来の子午環のように星々相互間の大角度を測定する(広天域位置天文)必要がある.ヒッパルコスは天域全体の広天域位置天文とB,Vの二色測光を実施した.
 ヒッパルコス星表の位置と固有運動は,天球上の実質的な不動点とみなされる約200個のQSOによって張りめぐらされた国際天文基準座標系(ICRS)に準拠して与えられている.ICRSは本来的には電波基準座標系であるから,ヒッパルコス星表は,光学域でICRSを具体化していることになる.ICRSに準拠したこの星表の位置は,従来の習慣に従って(α,δ)で記述されている.ICRSのJ2000.0の瞬時の赤道と春分点は,QSO三角点網に対して固定され以後天球上に凍結されている.
 以下にヒッパルコス星表の概要を示す.


観測期間
観測元期
準拠座標系
ICRSとの合致精度
固有運動の絶対精度
記載星数
変光星数
連星・多重星系の数
天球上の星数密度
限界等級
位置精度(V<9mag)
三角視差精度(V<9mag)
固有運動精度(V<9mag)
三角視差の相対誤差
10%以下の星数
三角視差の相対誤差
20%以下の星数
測光精度(V<9mag)
1989.85~1993.21
J1991.25
ICRS
±0.6mas
±0.25mas/年
118218
11597
23882
約3星/□°
V~12.4mag
0.77/0.64mas(RA/Dec)
0.97mas
0.88/0.74mas/年(RA/Dec)

20853

49399
0.0015mag

 さて,ヒッパルコス星表の高精度位置天文データによる天文学の根底部分の再検討が現在開始されている.初期成果のうち最も強い関心が寄せられた報告は,セファイド型変光星の絶対等級が0.2等明るくなる,従って従来の天文学の距離尺度が10%ほど長くなるというM.W.フィーストらの報告であろう.この結果,こと座RR型変光星の絶対等級も従来の値より0.3~0.4等明るくなると推定され,銀河系最古の球状星団の年齢の方が宇宙年齢(H0=60~80km/s/Mpcとして)よりも古いという天文学の大きな矛盾が解消するという.しかし,われわれが,ヒッパルコスの観測プロポーザーとして取得したこと座RR型変光星の固有運動や三角視差に統計視差法やラッツ・ケルカー法を適用して絶対等級を直接求めると,従来の絶対等級に大きな誤りはない.依然として宇宙年齢の矛盾は解消しない.
 前掲の表が示す位置・固有運動・三角視差の決定精度は,厳密な意味ではいわば形式的内部誤差を示すものであって,真の信頼性を与えているとは限らない.外部誤差まで含めたヒッパルコス星表の真の信頼性の程度は,過去の星表の改良の歴史が示すように,今後この星表を使った具体的な天文学の展開の過程で確かめられる.

【 宮本昌典 】

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