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褐色矮星

 恒星の基本的特性はその質量により決まるが,質量が太陽質量の8%以下の星の中心温度は水素が核融合反応を起こすほど高くはならず,自らの核反応で輝く星にはなることはできないと考えられている.このような天体は重力収縮で解放された熱エネルギーを使い果たすと,やがて暗黒天体として消え行く運命にある.このような天体の存在は理論的には1960年代から考えられていたが,これに褐色矮星という名前が付けられその探査が様々の方法で精力的に行われるようになったのは20年程前からである.褐色矮星が宇宙の暗黒物質の有力候補の一つと考えられるようになったためである.太陽近傍の銀河系円盤で直接観測されている天体の質量柱密度は40Mpc-2程度であるが,天体の運動から求めたそれは80Mpc-2程度に達する.従って,40Mpc-2程度の観測にかからない未知の天体〈暗黒物質〉が存在すると考えられる.銀河全体或いは銀河団のスケールで見るとこの暗黒物質の割合はさらに大きいと考えられている.また,古い天体に観測される軽元素(2D,3He,4He,7Li等)量と標準的ビッグバンモデルのもとでの始源的核反応から推定されるバリオン密度も,観測されている天体の値よりもかなり大きい.上記,太陽近傍で観測されている40Mpc-2の約1/3は星間ガス,2/3は星であるが,その約半分はM型矮星である.このことは本年表の「近距離の恒星」で大半がM型矮星であることからも肯ける.即ち,光り輝いている星のなかでは最も暗く質量も小さいM型矮星が銀河系の光っている物質の大きな部分を担っている.一般に,質量の小さい星ほど数は多く,このことが褐色矮星の領域にまで成り立っていれば,M型矮星よりもさらに質量の小さな褐色矮星はさらに多数存在する可能性があり,褐色矮星はバリオン暗黒物質の有力候補である.
 しかし,確実に褐色矮星と言える天体は永らく見つからず幻の天体であった.ようやく1995年末に中島 紀博士らはパロマー山天文台でコロナグラフの原理を使ってM型矮星Gl 229の近くに褐色矮星を発見した.このGl 229Bはその光度が主系列星の限界を越えて太陽の10万分の1以下であること,またそのスペクトルには温度が1000K以下にならないとできないメタンが観測されたことにより確実に褐色矮星であることが確かめられた.その後,赤外サーベイなどにより幾つかの褐色矮星候補が見いだされたが,これらが褐色矮星かどうかを確かめるにはリチウム・テストと呼ばれる方法が偉力を発揮する.即ち,リチウムは非常に脆い元素であり,M型矮星のような低温の星では大規模な対流により200万度程度の温度領域に運ばれ壊されてしまう.事実,M型矮星にはリチウムは観測されていないが,もし褐色矮星候補にリチウムが観測されたとすれば,その天体ではリチウムを壊すことさえできないのであるから,ましてや水素核融合反応は起きていないと考えられ,褐色矮星と考えてよい.実際,この方法ですでに表に示す数個の褐色矮星が確認されている.ここで,Teide 1とCalar 3はプレアデス星団の若い褐色矮星で重力収縮の過程にあるためまだ明るい.DBD J1228-1547は全南天赤外サーベイDENISのわずか1%のデータの予備的解析から一般星野に単独星として発見されたもので,すでにM型矮星の光度(太陽光度の1万分の1程度)以下になっている.Gl 229BはM型矮星の伴星であるがさらに冷却が進んだ段階にある.今後,大規模な全天赤外サーベイなどにより褐色矮星はさらに多数発見されることは確実である.惑星(最も大きな木星で太陽質量の0.1%)と恒星(最小質量は太陽質量の8%)の間隙をうめる質量にして2桁もの範囲を占める第三の天体がようやく観測的研究の対象となったことにより,暗黒物質を含めて宇宙を構成する天体の解明に新しい展望が開けるだろう.

表 確認された褐色矮星(発見順)
天体名 α(2000) δ(2000) K等級 log(L/
L)
Teff(K) 分光特性
Gl 229B 06:10:34.4 -21:51:53 14.4 -5.31 900 CH4
Teide 1 03:47:18 +24:22:31 15.1 -3.18 2600 Li
Calar 3 03:51:26 +23:45:20 14.9 -3.11 2600 Li
DBD J1228-1547 12:28:13.8 -15:47:11 12.7 -4.6 1600 Li

【 辻 隆 】

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