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ハッブル・ディープ・フィールド

 高銀緯の一天域をハッブル宇宙望遠鏡(HST)の広視野カメラ(WFPC2)でできるだけ深く撮像する「ハッブル・ディープ・フィールド(HDF)」プログラムは,1995年12月18~30日に観測が行われ,そのデータはいち早く公開されて銀河の進化と宇宙の構造の研究に大きなインパクトを与えている.ターゲットとなった天域は,J2000.0分点で赤経12時36分49.4秒,赤緯+62度12分58秒の位置(おおぐま座)にあり,WFPC2の視野を反映して,一辺が約2.7分の少々不規則な形をしている.HSTの約150周回がこの領域の観測に当てられたが,今後の地上からの観測の便宜を図るため,それを取り囲む隣接の8天域の撮像にも10周回が当てられた.
 HDFは4つのフィルター(バンド)で観測された.各バンドの有効中心波長は,300,450,606,814ナノメートル(nm)である.各バンドでの露出時間と限界等級は表に示されている.紫外域にあるF300Wバンドは,赤方偏移の大きい(z>3)銀河を見つけるのに有効である.銀河のスペクトルは,静止波長で91.2nm(ライマン端)より短い波長では,水素原子の吸収により急速に強度が落ちる.z>3になるとこのライマン端が赤方偏移により,F300Wのバンドを通り過ぎてF450Wバンドに入るので,F300Wバンドでは天体が見えなくなってしまう.このことを利用して,F300Wで見えていなくて,それより赤いバンドで見えている天体を探せば,それらはz>3の銀河である可能性が高いのである.
 WFPC2の分解能は0.10秒/画素であり,典型的な星像のサイズ(FWHM~0.15秒)からすると相当なアンダーサンプリングとなっている.この条件のもとで,できるだけ高い分解能を実現するために観測とデータ処理に工夫が凝らされた.各バンドの最終画像は多数のフレームの足し合わせである.それぞれのフレームを露出する際に,望遠鏡の向きを1画素サイズ(0.1秒)以下の量だけ様々な方向にずらす(ディザリング).こうして得られた多数のフレームを重ね合わせる際に,元々の画素よりも小さい画素へ分割して,ディザリングの効果とあわせて見かけ上の分解能を上げる「可変画素線形再構築法(通称ドリズリング法)」が用いられた.最終画像は当初より2.5倍小さな0.04秒の画素からなっている.
 HDFチームが作ったカタログには,約3500天体の座標,明るさ,色,大きさ,軸比などが記載されている(重なった天体の分離過程の情報を残すために,同じ天体が何度も記載される方式なので,実数は3000天体弱).HDF銀河の分光観測は,口径10mのケック望遠鏡を用いて行われ,総計で125個の明るい銀河の赤方偏移が求められた.これより暗い銀河の分光観測は現存の最大の望遠鏡をもってしても極めて困難である.

フィルター フレーム数 露出時間(s) 限界等級
(AB mag;10σ)
F300W 77 153700 26.98
F450W 58 120600 27.86
F606W 103 109050 28.21
F814W 58 123600 27.60

 HDFに関するこれまでの研究の主な結果をまとめる.
 (1)HDFの暗い銀河は不規則な形をしており,それらは近傍の典型的な銀河のサイズより小さい.これは,渦巻銀河が形成途上にある姿を見ているのかもしれない.(2)暗い銀河の数は銀河が進化しないとするモデルの予想より多いが,多い部分はほとんど不規則な形の銀河が占めており,この種族の銀河の理解が銀河進化の解明にとって本質的である.(3)宇宙における星の生成活動は,現在から過去に向かって急速に活発となり,zは1~2でピークとなり,さらに過去では再び減少する.つまり,1<z<2の時期に少なくともいくばくかの銀河が形成された.(4)HDF中の銀河の数から推定される可視光域での宇宙背景放射は観測値より弱く,宇宙における星生成の多くが,濃いダストに可視光が吸収され赤外線でしか見えない銀河や面輝度が極めて低い銀河など,HDFで見えていない種類の銀河で起こっている可能性がある.(5)「測光学的赤方偏移」を用いて,現存の最大の望遠鏡でも分光できないほど暗い銀河の赤方偏移を推定する道が拓けつつある.
 銀河の形成と進化を解き明かすにはなすべきことはまだまだ多いが,我々がようやく観測データに基づいて実証的にそれができる段階へと到達したことをHDFはまぎれもなく示したといえる.

【 岡村定矩 】

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