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宇宙の幾何学構造:宇宙は平坦だった!?

 宇宙のあらゆる方向からやってくる宇宙マイクロ波背景放射は,ビッグバンすなわち宇宙がまだ非常に高温,高密度であった時代の化石である.この電波は,どの方向を見てもほとんど完全に同じ強度をしている.しかし,非常に精密に測定してみると,方向によってわずかな強度の違い,すなわち温度揺らぎが存在することが明らかになってきた.この温度揺らぎの空間パターンを測定することで,宇宙の幾何学構造を知ることができる.
 宇宙では,誕生してから30万年後に電子と陽子が結び付いて水素原子が形成される.それ以降は宇宙は透明になり,宇宙マイクロ波背景放射は何物にも遮られることなく我々まで到達する.我々は,宇宙マイクロ波背景放射によって誕生後30万年の姿を直接見ることができるのである.
 宇宙マイクロ波背景放射の温度揺らぎは,光子と電子からなるプラズマ流体での音波モードとして生成される.そのため,音波の波長に対応する温度揺らぎのパターンが観測されるはずである.しかし,宇宙誕生後30万年の時期につくられた音波のパターンは,宇宙の幾何学構造によってその見かけの大きさを変える.例えば,宇宙が開いた幾何学的構造をしていれば,ちょうど我々と温度揺らぎの間に凹レンズが置かれているような効果が生じる.そのために,温度揺らぎのパターンがみかけ小さくなる.また,閉じていれば,逆に凸レンズが置かれているかのように,拡大されたパターンが観測される.温度揺らぎの空間パターンを調べることで,幾何学構造が明らかになるのである.
 2000年に,2つのグループが相次いで非常に精度の高い温度揺らぎのパターンの測定結果を報告した.ひとつは,カリフォルニア工科大学などを中心としたグループによる,BOOMERANGプロジェクトと呼ばれる,南極での巨大気球による温度揺らぎの観測である.南極点の回りを10日間周回することで得たデータの解析を進めて,その結果を発表した.もうひとつは,カリフォルニア大学バークレー校を中心としたグループが北米で行ったMAXIMAと呼ばれる気球による観測である.この二つの実験はどちらも非常に測定精度が高く,また得られた揺らぎのパターンは互いに非常によい一致を示した.空の全く別な部分を調べたこの二つの独立な観測がよい一致を示したことは,測定結果の信憑性が高いものであることをうかがわせる.
 この結果,温度揺らぎのパターンが,宇宙の幾何構造が平坦であると仮定すると,あらかじめ計算してあった理論の予想とほぼぴったりと一致することが明らかになった.また最近,遠方の超新星を測定することで,物質以外の真空のエネルギーである宇宙項の有無を決定する観測が行われている.その結果と今回の結果を重ね合わせることによれば,現在の宇宙の姿は,平坦で,そのエネルギーの大部分は宇宙項によって担われている,というものになる.

【 杉山 直 】

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