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世界の地磁気要素で都市部が少ないのはなぜ?

 一般に地磁気観測をする際には、人工的に生じる磁場の影響を避けて観測を行わなければなりません。地磁気観測の障害となるものには、建物の鉄骨など巨大な磁性体による周囲磁場の歪みや、自動車や電車等により発生する外来磁気ノイズなどが挙げられます。そのため、たとえば地磁気計測器のセンサーを設置する建物は、金属を使用する場合は真鍮などの非磁性の材料を使用し、センサー付近に磁性体を近づけないよう細心の注意が払われています。それでも、自動車や電車による人工的な磁場擾乱を避けるためには、どうしても郊外の静かなところで観測を行う必要があります。

 様々な人工的な磁気擾乱の中でも、特に電車による影響は地磁気観測にとって大きな問題となることがあります。交流電源の場合には取得したデータを時間的に加算平均することによって、ある程度影響を取り除くことができます。しかし、電車の運転には 1500 V の直流電源を用いることが多く、送電線や線路に流れる電流は主要な線路では数百 Aアンペアに達することもあります。仮に、 500 A の無限に長い直流電流があったとした場合、 1 km はなれた場所における磁場の強さは、約 100 nTナノテスラ程度になります。日本付近の地磁気の日変化は季節によって数十から 100 nT 程度ですので、この場合には日変化程度の観測誤差が生じることになります。実際には電車の直流電流は一定の強度で流れるわけではなく、その強さも路線によって差がありますが、地磁気観測に影響を与える要因としては最も大きなものの 1 つであるといえます図 1 参照 )。

 


図 1 地磁気観測に電車の影響が現れた例。鉄道の線路から 2 km 程度はなれた場所 福岡県篠栗での地磁気観測のデータ。ローカル線のためそれほど強い電流は流れていないが、深夜の変動と比べると鉄道営業時間帯に強い人工ノイズが重畳しているのがわかる。 九州大学宙空環境研究センター提供 )

 

 地磁気要素の中にある柿岡No. 10の値は茨城県石岡市柿岡にある気象庁地磁気観測所で計測された地磁気要素です。この観測所は日本で最も古い地磁気観測点として知られていますが、柿岡での地磁気観測を行うために、電車による直流電源の設置には法令によって制限が設けられています。電気設備に関する技術基準を定める省令 平成九年三月二十七日通商産業省令第五十二号 の第四十三条には、「直流の電線路、電車線路及び帰線は、地球磁気観測所又は地球電気観測所に対して観測上の障害を及ぼさないように施設しなければならない。」と定められており、地磁気観測所の半径 30 km 以内では電車を直流電流で走らすことはできません 図 2 参照 )。そのため、常磐線、水戸線、つくばエクスプレスの一部の区間では、直流電源から交流電源に切り替えて電車の運行が行われています。

 

図 2 地磁気観測所付近の電車路線図。地磁気観測に影響を与えないよう、常磐線、水戸線、つくばエクスプレスの一部区間で交流電源が使用されている。

 

 実は、地磁気要素の値を算出する際には、長期間の加算平均やいくつかの補正を行うことによって、人工的な磁気ノイズが大きな影響を与えないように考慮されています。多くの地磁気観測所ではこのような長期的な基準値の作成のほかに、さまざまな時間スケールの地磁気の変動成分の計測も行っています。一般に地磁気の変動は時間スケールが短いほど、変動の強さは小さくなり、外来磁気ノイズの影響はより深刻なものになります。そのため、人間の生活がつくり出す磁場擾乱の影響を避けて微弱な地磁気変動の観測を行うためには必然的に郊外の人間の生活活動が少ない地域に観測所が設けられることが多いのです。

【北村健太郎 徳山工業高等専門学校(2007年 6月)】

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