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SI 基本4 単位の定義改定

 単位とは,量の大きさを表すときの基準となる量であり,一般に量は数値と単位の積で表される(2 kg や3 m のように数値と単位の間のスペースは積の記号とみなされる.物6 を参照).単位は人為的に定められた任意性のある「約束事」であるが,時が経っても変わることがなく,万人が利用しやすいことが望ましい.現在,世界で広く用いられている国際単位系(SI)は,時間の単位秒(s),長さの単位メートル(m),質量の単位キログラム(kg),電流の単位アンペア(A),熱力学的温度の単位ケルビン(K),物質量の単位モル(mol),光度の単位カンデラ(cd)の7 つを基本単位としている.このうち,質量の単位は1889 年以降,「国際キログラム原器」と呼ばれる人工物によって定義されてきたが,長期的な安定性や利便性に問題があった.また,力の単位ニュートン(N=kg m s -2)やエネルギーの単位ジュール(J=N m=kg m 2 s -2)は質量の単位に依存しているため,導線間にはたらく力によって定義されていたアンペアを含め,多くの単位や基礎物理定数の不確かさは,キログラム原器の質量の不確かさの影響を受けていた.
 長さの単位メートルも,かつては「国際メートル原器」という人工物で定義されていたが,1983 年からは「299 792 458 分の1 秒の間に光が真空中を伝わる行程の長さ」と定義されている(「駅から徒歩5 分」と距離を時間で表すことと発想は同じである).これは,自然界の不変量(基礎物理定数)である真空中の光の速さをc=299 792 458 m/s と定義することと等価である.また,かつては地球の自転や公転の周期を基準としていた時間の単位秒は,1967 年に「セシウム133 原子の基底状態の2 つの超微細準位間の遷移に対応する放射周期の9 192 631 770 倍に等しい時間」と定義されている.これは,セシウム遷移周波数をΔν Cs=9 192 631 770 Hzと定義することと等価である.このように,自然界の不変量を適切に選んで定義定数とすれば,不安定な人工物や天文現象を用いずに基本単位を定義することができる.
 2018 年11 月に開催された第26 回国際度量衡総会(CGPM)において決議され,2019 年5 月20 日に施行された新しいSI では,最後の人工物であるキログラム原器が廃止され,7 つの定義定数(セシウム遷移周波数Δν Cs,真空中の光速c,プランク定数h,素電荷e,ボルツマン定数k,アボガドロ定数N A,発光効率K cd)によって,すべてのSI 単位が(基本単位であるか否かにかかわらず,定義定数の組み合わせで)定義されることになった.これに伴い,ジョセフソン定数(K J=2e/h),フォン・クリッツィング定数(R K=h/e 2,気体定数(R=N Ak)などの基礎物理定数も不確かさのない定数となった.

 

図 ( a)旧 SI および(b)新 SI における基本単位の定義の依存関係.M IPKは国際キログラム原器の質量,m12 C)は12 C 原子の質量を表す.

 
 図に新旧SI における基本単位の定義の依存関係を示す.秒,メートル,カンデラの定義は,旧SI においてもΔν CscK cd の定義値に基づいていたので,本質的に変わりはない.新SI への移行により定義が改定された基本単位はキログラム,アンペア,モル,ケルビンの4 つである.新SI においては,キログラムはプランク定数h(単位はJ s=kg m 2 s -1)および秒とメートルによって定義されるが,秒はΔν Cs,メートルはc と秒で定義されるので,実質的にh,c,Δν Cs の組み合わせで定義されている.アンペアは素電荷e(単位はA s)および秒(つまりΔν Cs)を用いて定義され,真空の透磁率μ 0 はもはや定義値ではなくなった.真空の透磁率の最新の測定値(CODATA2018 推奨値,物14 を参照)を以前の定義値の数値(4π×10 -7)で割った値は,1.000 000 000 55(15) N/A 2 である.モルはキログラムから切り離され,アボガドロ定数N A のみによって定義される.この変更により,1 モルの12 C 原子の質量は厳密に12 g ではなくなり,モル質量定数M u の値は測定によって求められる量をとなったが,以前の定義値(1 g/mol)と最新の測定値との比は1 に極めて近く(差異は10 -9 以内),現実的な用途においてはM u=1 g/molとみなしてよい.ケルビンはボルツマン定数k を用いて定義され,以前の定義に用いられていた水の三重点における熱力学温度T TPW=273.16 K は10 -6 程度の相対不確かさを持つことになった.
 キログラム原器を廃止し,プランク定数,素電荷,アボガドロ定数,ボルツマン定数を新たに定義値としてSI 基本4 単位(キログラム,アンペア,モル,ケルビン)を再定義するという方向性は,2011 年に開催された第24 回CGPM において承認された.しかし,原理の異なる2 つの測定法(ワットバランス法およびX線結晶密度法)によるプランク定数の測定値の間にキログラム原器の長期安定度(5×10 -8)より大きなずれがあったため,定義改定は見送られた.その後,世界中の計量研究機関の努力により,プランク定数の測定値の相対標準不確かさが1×10 -8 まで低減され,今回の定義改定が実現した.日本の産業技術総合研究所は,純度の高い28 Si 単結晶を用いたX 線結晶密度法によりプランク定数を精度よく測定し,今回の定義改定に大きく貢献した.

 

【鳥井寿夫】

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