小惑星探査機「はやぶさ2」による小惑星リュウグウ探査
小惑星探査機「はやぶさ2」は,「はやぶさ」に続いて世界で2番目の小惑星サンプルリターンミッションである.「はやぶさ」では,世界で初めて小惑星からサンプルを地球に持ち帰ることには成功したのであるが,多くのトラブルが発生し,探査機が地球に帰還したときには“満身創痍”と言ってもよいような状況であった.そこで,小惑星往復探査の技術をより確実なものにするために「はやぶさ2」が計画されたのである.ただし,「はやぶさ」では技術実証が主目的であったのに対して,「はやぶさ2」では科学研究が第一の目的とされた.そもそも小惑星からサンプルを持ち帰る目的は,太陽系誕生時の物質を調べることである.「はやぶさ2」の場合には,とくに水や有機物に着目し,地球の水や生命をつくっている有機物がどこから来たのかを解明することが最大の目的となっている.そのために,探査対象天体としては,C型に分類される小惑星リュウグウが選ばれた.C型の小惑星には,有機物や含水鉱物があると考えられていたからである.
「はやぶさ2」は2014年12月3日に種子島宇宙センターからH-IIAロケット26号機によって打ち上げられた.ちょうど1年後に地球に戻ってきてスイングバイというテクニックを使って軌道を変更し,2018年6月27日にリュウグウに到着した.リュウグウでは,リモートセンシングによる観測に加えて,小型ローバ(探査車)であるMINERVA-IIローバ1A・1Bや小型ランダ(着陸機)であるMASCOTをリュウグウ表面に降ろして探査を行った.そして,2019年2月には1回目のタッチダウンを行い,表面物質の採取を試みた.また,2019年4月には衝突装置によって人工クレーターをつくる実験を行い,同年7月にはその人工クレーターの近くに2回目のタッチダウンを行い,クレーターから噴出した地下物質の採取を試みた.さらに追加の実験として,2つのターゲットマーカ(タッチダウンのときに事前に小惑星表面に置いておく人工的な目印)と小型ローバMINERVA-IIローバ2を,リュウグウを周回する人工衛星とする実験も行った.これらすべての運用は成功して,2019年11月13日に「はやぶさ2」はリュウグウから出発し,2020年12月6日に再突入カプセルがオーストラリアのウーメラに帰還した.探査機のほうは,別の小惑星を目指して運用を継続中である.
ウーメラに着地したカプセルは,すぐに現地に設置したクリーンルームに運ばれて,サンプルが入っているサンプルコンテナが取り出された.さらに,サンプルコンテナ内部からガスの採取も行われ,サンプルが採取されてから地球帰還までの間に,サンプルから分離したと思われる気体が採取できた.このような気体採取は世界初である.その後,12月8日にはカプセルはJAXA相模原キャンパスに輸送され,サンプルコンテナの開封作業が行われた.サンプルコンテナの中にはサンプルキャッチャという容器があり,その容器の中に1回目と2回目のタッチダウンで採取されたサンプルが格納されていた.総量で約5.4gであった.目標は0.1gであったので,サンプル採取としてもミッションは成功である.
リュウグウ滞在中にリモートセンシング機器やローバ・ランダで取得したデータについてはどんどん解析が行われており,リュウグウについていろいろなことがわかってきた.主要な事項をまとめてみるとつぎのようになる.まず,リュウグウの密度を推定したところ1.19g/cm3という小さな値であった.これは,リュウグウの空隙率が50%以上になっていることを示唆するものである.リュウグウも,イトカワ同様に“瓦礫の寄せ集め”的な構造(ラブルパイル構造)になっていると考えられる.また,そろばんの珠そっくりの形をしていることより,以前は自転周期が現在の7.6時間よりも短くて3.5時間くらいだったのではないかと推定された.この自転周期であれば,遠心力によってこのような形が説明できるのである.近赤外線のスペクトルや可視光の分光観測からは,リュウグウには含水鉱物があり炭素を多く含む物質がありそうだということが推定された.さらに,人工クレーターの実験からは,リュウグウの表面強度は非常に小さいことがわかり,表面の温度変化からは表面が暖まりやすく冷めやすい多孔質の物質でできているのではないかということが推定された.表面が変質していることからは,リュウグウは過去に水星軌道付近くらいまで太陽に接近するような軌道であった時期もあるのではないかと推定された.
今後,取得されたリュウグウのサンプルの分析が本格化すると,含水鉱物や有機物についての具体的なデータが得られるはずである.それらが地球誕生時である46億年前のものであり,地球にある水の起源や生命の起源に迫るような情報が得られることを期待したい.
【吉川 真】
図 小惑星リュウグウと採取されたサンプル.リュウグウの写真は到着直後の2018年6月30日に距離約20kmから撮影された.赤道直径は約1kmである.サンプルの写真は左が1回目,右が2回目のタッチダウンで採取されたものである.
(リュウグウ画像のクレジット:JAXA,東京大学,高知大学,立教大学,名古屋大学,千葉工業大学,明治大学,会津大学,産業技術総合研究所,サンプル画像のクレジット:JAXA)