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歳差・章動と地球の向き 2008年版(平成20年版)

 地球は南極と北極を結ぶ軸(極軸)を中心におよそ1日かけて自転しており,北半球ではすべての星が北極星を中心に1日かけてぐるっと周る(日周運動)ように見える.したがって,この軸を基準に天の北極・天の赤道を定め,地球上の経度や緯度と同じように赤経や赤緯によって天体の位置を表現するのはとても自然な考え方といえよう.
 しかし,「北極星の子午線通過,最大離角」をご覧になると,北極星といえども回転の中心ぴったりには位置しておらず,わずかながら回転していること,しかもその幅(上通過と下通過の真高度の差)が変化していることが見てとれる.長い年月について調べていけばさらに変化がはっきりするだろう.なぜこのような現象が起きるのか.もちろん,北極星自身もまったく運動しないわけではないのだが,はるか遠くにあるためにとりあえず無視することができる.実はこの答えは,日周運動の中心を決めている極軸の向きが変わっていくことにある.
 では,極軸の向きが変化するのはなぜなのか.図1のように地球は完全な球ではなく,南北につぶれた形をしている.このような地球に対して地球の公転軌道面(黄道面)付近にある太陽から引力が及ぼされると,地球の重心に働く力との差分(潮汐力)が偶力となって極軸を起こそうというトルクが働くことになる.このような力を受けた地球はあたかもコマが首ふり運動するかのごとく,しだいにその向きを変えていくのである.実際には太陽以外に月や惑星からも作用を受けて,極軸はたいへん複雑な動きを示すことになる.このような極軸の変動を歳差(赤道の歳差)・章動と呼んでいる.


図1 地球に働く力と歳差

 赤道の歳差はそれ以前の観測との比較により,紀元前2世紀ごろギリシャの天文学者ヒッパルコスによって発見されたといわれている.赤道の歳差により極軸は,黄道面に垂直な方向(黄道の北極)に対しておよそ23度(黄道傾斜角)だけ傾いたまま,自転とは逆向きに周期約26000年で回転する(図1).黄道の北極を中心に極軸の向きがどのような軌跡をたどるか概略を示したのが図2である.このように,現在の極軸はこぐま座のα星(北極星,Polaris)の方向を向いているが,今から5000年ほど前にはりゅう座のα星トゥバンの方向を,今から2000年ほど後にはケフェウス座の方向を向くようになってしまうことがわかる.日周運動の中心が変わると星空の動きも変わってしまうので,かつての人類は今とは趣の異なる夜空を眺めていたことだろう.


図2 黄道の極を中心とした極軸の軌跡の概略

 また,天の赤道もこれに伴って運動するため,赤道と黄道の交点である春分点も黄道上を毎年約50″ほどの速さで東から西へと移動していく.歳差(precession)とはまさに,春分点が前進(precess)することなのである.季節の変化は春分点が目安になるので,1年(1太陽年)の長さや二十四節気はこのことも考慮して定めなければならない.
 春分点の変動を起こす原因にはこのほかに黄道の歳差という現象がある.黄道の歳差とは,黄道面に対してさまざまな傾きを持つ惑星からの引力により,黄道面が変動する現象をさしている.赤道の歳差に比べると影響は小さいが,これにより黄道傾斜角が変動するというのが特徴である.通常,歳差と呼ぶ場合にはこの黄道の歳差も含んでいる.
 一方,太陽や月は時々刻々と位置を変えていくため,実際の極軸は,図3のように歳差のような大きな変動に加えて,もっと短い周期で振動するような動き(章動)を起こしている.章動の大きさはわずか9″程度でしかないため,ようやく18世紀になってからイギリスの天文学者ブラッドリーにより発見された.章動は多くの成分を含んでいるが,もっとも大きな項は周期約18.6年のもので,月の軌道面と黄道の交点である昇交点がこの周期で黄道上を1周し,周期的に引力を変化させることによって引き起こされるものである.


図3 歳差と章動の概念図

 章動の大きさは「太陽」ページの下欄にあるように,黄経における章動と黄道傾斜における章動に分けることができる.歳差までを考慮した場合の春分点のことを平均春分点,章動まで考慮した場合を真春分点という(図4).


図4 黄経における章動と黄道傾斜における章動

 このように,位置を表わすおおもとになる極軸が動いていくので,天体の位置はどのような座標系に基づくのかを明記して表現しなければならない.たとえば,暦部凡例にあるように,太陽・月・惑星の視赤経・視赤緯は真春分点に基づくとあり,歳差と章動を考慮した座標系で表現されていること,一方,その他の天体の赤経・赤緯は国際天文基準座標系に基づくとあり,歳差も章動も考慮していない(空間に固定された)座標系で表現されていることがわかる.
 さて,近年VLBI(超長基線電波干渉計)などの宇宙測地技術を用いて,極軸の向きは一層精密に計測できるようになってきた.2006年8月,プラハで開催された国際天文学連合第26回総会といえば惑星の定義で有名になったが,最新の観測成果をもとに構築された新しい歳差・章動理論も採択されている.また,この精度では日月歳差・惑星歳差と単純に分類するのは不適当ということで,替わりに赤道の歳差・黄道の歳差という用語に置き換えられることになった.理科年表では2009年版よりこの理論を採用する予定にしている
 

*2017年11月追記:現在は採用している.

【 片山真人 】

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