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Hyper Suprime-Cam の初期成果 2019年版

 すばる望遠鏡の主焦点に取り付けられているHyper Suprime-Cam(HSC) は,直径1.5度という非常に広い視野を持つ撮像装置である.望遠鏡の大きさと視野の広さを生かしたサーベイ効率は現時点で世界でもっとも高い装置で,2014年の科学運用開始直後からすばる望遠鏡300晩を投入した「すばる戦略枠プログラム」という大規模サーベイを国立天文台ハワイ観測所が遂行している.現在までに近傍宇宙から遠方宇宙に至るまで,じつにさまざまな研究結果が発表されていて,ここではそれらを簡単に紹介したい.
 われわれが住んでいる太陽系は天の川銀河という星の集団に属している.この天の川銀河はその周囲に多くの衛星銀河を従えているが,その実際に観測されている数がモデル予測より少ないことが指摘されている.その一部は未だ未発見の衛星銀河によるものと考えられていて,HSCの深いデータを生かした探査から,今までに知られていなかった新しい衛星銀河を複数個発見した.図1に新しく発見した衛星銀河の明るさと距離を示す.これらは今までのサーベイでは発見できないような遠くにある暗い銀河で,HSCのデータの深さならではの成果である.今後もさらなる発見が期待される.
 

図1 今までに知られている衛星銀河(四角)と,新たに見つかった衛星銀河(丸と星)の明るさと距離の比較.点は球状星団.点線でSloan Digital Sky Surveyの検出限界を表していて,実線でHSCの検出限界を表している.HSCの方がより遠く,より暗い衛星銀河を見つけることができる.

 また,高品質なHSCの観測データを詳細に解析すると,比較的遠方の宇宙まで銀河の形を正確に測ることができる.銀河の形は銀河からわれわれまでの間にある物質の重力により歪められることが知られていて,これは重力レンズ効果と呼ばれている.これを用いて,銀河の歪みから宇宙の物質分布を探ることができる.図2にそのようにして得た,あるサーベイ領域での宇宙の物質分布を示す.色の濃いところほど物質が密に分布していることを意味していて,実際にそういうところには銀河団と呼ばれる銀河の大集団が見られる.重力レンズ効果は宇宙の大規模構造の進化を探る手法の1つで,これを用いて宇宙論パラメータを制限する試みが進められている.これはHSCサーベイの科学成果の1つの目玉となるであろう.
 
 

図2 銀河の形の歪みから推定した質量分布.色で信号の強度(S/N)を表 していて,濃いところほどより大きな質量集中がある.

 さらに,HSCの広さと深さを生かして,初期宇宙における銀河の研究も盛んに行われている.たとえば,銀河の光度関数(どういう明るさの銀河がどれぐらい存在するかという,銀河の統計的性質を表す基本的な量)の精密測定や,今後巨大な銀河団に成長するであろう原始銀河団の発見が多数なされた.今後のフォローアップ観測への発展が期待される.また,遠方クエーサー探査でも,赤方偏移6を超える宇宙に多くの超巨大ブラックホールを確認し,多波長フォローアップ観測で初期宇宙における超巨大ブラックホールの形成の謎に挑もうとしている.
 ここでは詳細に触れないが,銀河進化や強い重力レンズ効果を受けた天体,遠方の超新星探査,さらに太陽系内天体など,HSCはじつにさまざまな分野で成果を挙げている.サーベイは現在も続いており,さらなる科学成果が今後報告されるだろう.また,この戦略枠プログラムのデータの高い科学的価値を最大限活用すべく,初期データがすでに世界に向けて公開されている(https://hsc-release.mtk.nao.ac.jp/).世界最先端の研究が今すぐ始められる高品質のデータで,ぜひ多くの方々に活用していただきたい.

 

【 田中賢幸 】

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