遠方銀河の探査 2005年版(平成17年版)
宇宙はおよそ140億年前に誕生し,膨張を続けて現在に至っている.したがって,天の川銀河を含むすべての銀河は,宇宙の140億年の歴史のどこかで誕生したことになる.銀河がいつ生まれ,どう進化して現在の姿になったのかは,宇宙自身の進化にも密接に絡む,現代天文学の大きな謎である.
光の速度は有限なので,遠くの銀河を観測すればその過去の姿がわかる.つまり,銀河の歴史を遡りたければ,なるべく遠くの銀河を探せばよい.しかし,遠くの銀河ほど見かけが暗くなるので,今日,遠方銀河の探査の多くは,すばる望遠鏡を始めとした口径が8m-10mクラスの大型の光学赤外望遠鏡で行なわれている.ここでは,赤方偏移(z)が5以上(宇宙年齢が12億歳以下)を中心に,最近の遠方銀河の探査を紹介する.なお,赤方偏移と宇宙年齢には一対一の対応がある.赤方偏移が大きいほど宇宙は若い.
夜空には1平方度あたり10万個以上の銀河が見つかるが,そのほとんどはあまり遠くにはない銀河である.銀河の距離を確定するには長時間の分光観測が必要なため,銀河を無作為に分光して遠方銀河を探すのは得策ではない.通常は,複数のフィルターで撮像観測を行なって,遠方銀河特有の色を手掛かりに候補を絞り込み,それを分光するという方法が採られる.
大型望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡が活躍を始めた1990年代から,赤方偏移が3を超える銀河が多数見つかるようになった.候補を絞り込む方法が進歩したことも一因である.それに伴い,銀河の最遠方記録も毎年のように更新されている.1998年にはz>5の銀河が初めて見つかった(z=5.34).2002年には,ハワイ大学のグループによってz=6.56の銀河が発見された.z>5の銀河は,非常に暗いうえに,天球面上での面密度も非常に低いので,大型で視野の広いすばる望遠鏡にとって絶好の観測対象である.2002年から始まったすばる望遠鏡の大型プロジェクトによって,2003年に,z=6.58という当時としては最も遠い銀河が発見された.2004年現在,このプロジェクトでz=6.5付近の銀河が9個見つかっている(最遠はz=6.60).また,世界で30個以上のz>5銀河が分光同定されている.銀河の数密度の進化も議論されるようになり,z=5より昔は銀河の数が少ないという観測結果が出ている.z<7の銀河は発見の段階から精査の段階に入ったといえる.参考までに,クェーサーの現在の最遠方記録はz=6.43である.
2004年になって,ヨーロッパのVery Large Telescope(VLT)のグループが,z=10の銀河の発見を報告した.これは銀河団による重力レンズ現象(遠方銀河の増光)を利用したユニークな観測である.ただし,彼らの分光観測は信頼性が低い.追観測が必要だろう.
宇宙は誕生当初は電離状態だったが,膨張によって冷え,z~1000の頃(約50万歳)に陽子と電子が結合して中性になった.ところが,宇宙マイクロ波背景輻射の詳細な観測によると,z~10-30の頃(約1-5億歳)に再び電離が始まったらしい.z=6より後では完全に電離している.宇宙空間を電離状態に保つには電離紫外線が必要なので,少なくともz~10-30の頃に,電離紫外線を出すような天体(たとえば重い星)が現れたことになる.z~1000からz~10までの数億年の期間のどこかに最初の銀河の誕生の瞬間がありそうだ.短いが,銀河形成史にとって中身の濃い期間である.しかし,z>10の観測は現在の望遠鏡の能力を超えている.最古の銀河探しは次世代の望遠鏡の重要な任務となるだろう.
【 嶋作一大 】