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温暖化による生物・生態系への影響 2019年版

 ここでは,なぜ地球温暖化が多くの生物に影響を与えるのか,生物や生態系に何が起こるのか,将来の生態系はどう変化するか考えてみたい.まず多くの生物の活動は周囲の温度と密接な関係にあり,あらゆる生命活動が温暖化の影響を受ける(図1参照).たとえば,温暖化によって植物の開花や繁殖時期が早まることがあるし,多くのカメやワニは卵の期間の温度によって性が決定するため,温暖化により性比バランスが変化する.順応・適応可能な温度も生物によって異なっている.温度の日周・季節変動が小さい海中に棲む生物は,温暖化の影響をとくに受けやすい.さらに温暖化に伴って生じる海洋の貧酸素化や酸性化もまた,生命活動を脅かす間接的な温暖化影響である.
 生物への温暖化の影響として目立ちやすい現象は生物の分布範囲の変化だろう.分布変化は移動分散能力が高い生物ほど早く影響が現れる.たとえば,南方系のチョウをはじめとする昆虫に加え,風に乗って分散する農業害虫や感染症の病原生物も温暖化の影響で分布域が北方へと拡がっている.温帯の海においても,南方系のプランクトンが増え南方系の魚類も越冬するといった温暖化の影響が見られている.南方種には,温帯種と比べて毒性を持つ種も多いため,中毒の増加といった新たな社会問題も出てきている.
 関連しあう生物の間で温暖化の影響が異なると,より大きな影響へと増幅する.たとえば,温暖化の影響で花粉を媒介する昆虫の発生と植物の開花のタイミングが一致しなくなると,両者の共生関係は成り立たなくなる.また生態系の基盤(陸上の森林・草原,海洋の藻場[海藻・海草が茂る海の森]やサンゴ礁)自体への温暖化影響はさらに多くの生物に間接的に波及する(図2参照).たとえば,黒潮や対馬暖流に面した日本の温帯の沿岸では海藻の藻場の衰退が目立ち,代わりにサンゴが温帯で分布を拡げ始めている.これに伴い,藻場を好む魚類が減り,代わりにサンゴを好む南方の魚類が増えている.すると従来その土地で食用としていた魚種が獲れにくくなる一方で,サンゴや南方の色鮮やかな魚類はダイビングなどの新たな観光資源となるため,生態系への温暖化は周辺地域の人々の生活にさえも波及し得る.
 長期的にみれば温暖化は平均的な温度が上昇する現象だが,同時に温度の年変動も大きくなるため,生態系への温暖化影響も進行と逆行を行き来しつつ次第に進行するだろう.たとえば,サンゴは極端な水温が継続すると白化(共生する藻類が減少した状態,長引くとサンゴが死亡)する.しかし,平常水温の年が続けば再びサンゴは増加し始めるが,近年は白化の起きる年の間隔がサンゴの増加に十分な時間が取れないほど短くなってきており,その結果サンゴは減少傾向にある.このように,生態系はある程度は温暖化の影響に対する抵抗力を備えているが,温暖化の進行に適応できない生物も多いため,次第に生物の種多様性は減少すると予想されている.温暖化対策の国際的枠組「パリ協定」の合意によれば,将来の温暖化による生態系や社会活動への影響を抑えるには,産業革命以前と比較し1.5度の気温上昇に抑える努力が必要である.

【 熊谷直喜 】

図1 分布や季節性などが温暖化に対応して変化したことが確かめられている種の割合(一部の分類群では種グループ単位).点線はそれぞれ陸域,海域の平均を指しており,陸域よりも海域の方が温暖化に対応した変化を示す種が多いことを表している.(Parmesan & Yohe 2003 NatureおよびPoloczanska et al. 2013 Nature Climate Changeの情報を抜粋し構成).

図2 A:日本国内の温帯の沿岸域では,海藻による藻場が主要な生態系のひとつであり,魚類や無脊椎動物の生育・繁殖の場として機能してきた.B:近年の温暖化に伴って,移動分散能力が高いサンゴや海藻を食べる南方からの魚類(アイゴ類など)が新たに生息可能になった温帯へと分布をいち早く拡げている.一方,分散能力の低い温帯の海藻はゆっくりとしか分布を拡げることができない.このため,海藻を食べる魚類が活発に摂食する範囲が拡大するのに伴い,魚類によって食害された海藻の藻場は衰退し,代わりに分布を拡げつつあるサンゴが増加する.C:その結果,次第に海藻の藻場からサンゴの群集へ変化する海域が温帯で増えている.サンゴの増加に伴って,サンゴの周囲に生息する南方の魚類や無脊椎動物が増加し始めている.(参照:Kumagai et al. 2018 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)

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