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幹細胞研究と再生医療 2014年版(平成26年版)

 再生医療の源泉は日本にある.結核によって失われた空洞を,京都大学医学部の長石忠三博士が京都大学工学部桜田一郎博士の開発した親水性の高分子材料であるビニロンによって充填する治療を 1947 年に開発したのだ.この方法は結核の治療にしばらく大きな貢献をした.病気や怪我によって失われた身体の形態を高分子材料や細胞材料で再建しようとする方法は組織工学と呼ばれる.その研究成果として皮膚,骨,軟骨,角膜などの領域ではすでに 2010 年までに世界で 32 万人の患者に対して 67 万回の再生医療が行われている.

 しかし脳,心臓,腎臓,膵臓,肝臓に対する再生医療の開発は大きく進んでいない.その原因の一つとして,これらの臓器の治療に使える細胞の入手が難しいことが挙げられる.この問題を克服するために 1998 年にヒト ES 細胞(胚性幹細胞 )の技術が開発され,再生医療への応用が検討された.ES 細胞とは体のすべての細胞に分化できる幹細胞である.しかし,2011 年秋に ES 細胞の再生医療に取り組んできた企業が開発からの全面的な撤退を発表した.それは再生医療を実現には ES 細胞のような多能性幹細胞だけでは十分でないことを示している.2012 年マウス iPS 細胞(誘導型多能性幹細胞 )の開発で山中伸弥博士がノーベル賞を受賞した.これを契機に国内ではヒト iPS 細胞を用いた再生医療に注目が集まっている.

 サイエンス誌が 1997 年 4 月にはじめて再生医療の特集を組んだとき,デビット・ストッカム博士は再生医療とは傷害を受けた組織に発生的な場を再構築することであると定義した.私たちの体のなかには生理的原因や損傷によって失われた細胞や組織を補充するための組織幹細胞(体性幹細胞 )が存在する.しかし大きな損傷が起きると組織幹細胞では治癒することはできない.一方,人とは異なりイモリなどの有尾両生類では腕や眼,脳などの臓器の一部を失っても完全に再生することができる.これは傷害部位に人では誘導されない再生の場がイモリでは形成されるからだ.このような場を再構成することができれば,幹細胞を用いない再生医療が開発できる可能性がある.2012 年 12 月には miRNA の投与によって心筋梗塞後のマウスの心臓がほぼ完全に再生することが報告された.私たちの体のなかにある幹細胞と場( ニッチ )の関係に関する研究が今後再生医療の実現にむけて重要である.

 ES 細胞や iPS 細胞を用いた次世代の再生医療研究として,試験管で臓器を丸ごと作る研究が開始されている.しかし人の臓器という大きな構造物を生体外で作るには様々な技術的課題がある.一方で,病気の超早期に組織幹細胞に働きかける先制的再生医療を行うことで臓器や組織の大きな傷害の発生を防ぐ研究も進められている.他の医療と同様に,幹細胞を利用した再生医療も私たちの持つ傷害に対する予防力と回復力をいかに引き出すかが実用化の鍵だ.

【 桜田一洋 】

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