日本のゲノムコホート構想 2013年版(平成25年版)
ヒトゲノムの塩基配列には個人によってわずかな違い( 遺伝子多型)がみられ、それによって遺伝子から合成されるタンパクの構造や機能が変化し、ヒトの形質にさまざまな変化が生じるといわれている。心臓病、脳卒中などの生活習慣病においては、複数の遺伝子 (疾患関連遺伝子)に存在する多数の遺伝子多型に加えて、飲酒、喫煙、食事、運動などの生活習慣、環境要因が複雑に絡み合うことによって、その発症が規定されていると考えられている。
疾患関連遺伝子を同定する方法として、数百~数万人の患者と非患者の集団を用いてゲノム全体に存在する多数の一塩基多型 (SNP)の頻度の違いを統計学的に分析する 「 ゲノムワイド患者対照研究 」 が一般的である。この手法により心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病などさまざまな生活習慣病の関連遺伝子が報告されている。しかし、この方法は、疾患の新規発症の頻度 (罹患率)を算出することができないことや環境要因の情報の妥当性が低いことにより、発症リスクを正確に予測し遺伝子多型と環境要因の複雑な相互作用を検討するうえで限界がある。
ゲノム研究の目標のひとつは、遺伝的な個人差を考慮に入れた個別医療・予防(オーダーメイド医療・予防 )の実現である。そこで、新たな手法としてゲノムコホート研究が注目されている。これは数千~数十万人からなる健常者 (患者の場合もある)の集団を数年~数十年の長期にわたって追跡調査するものである。遺伝子多型の違いによって疾患の罹患率に差が生じるようであれば関連遺伝子であると推定され、発症リスクを評価することができる。集団を設定する時点で生活習慣などの環境要因を一定の基準で評価しておけば、遺伝環境相互作用の解析により、疾患予防に必要な手段 (生活習慣の改善や治療など)を個人の遺伝的特性にあわせて決定することができるようになる。
日本のゲノムコホート研究の先駆的な成功例として久山町研究がある。この研究では、第 1 段階として福岡県の脳梗塞患者群と久山町の健常者群 (各 1112 名)に対してゲノムワイド患者対照研究を実施し、脳梗塞関連遺伝子をいくつか同定した。第 2 段階として福岡県久山町の一般住民 1683 名をゲノムコホートとして 14 年間追跡調査し、たとえばプロテインキナーゼ C エータ遺伝子の AA 型の遺伝子型を有する住民は、GG 型の住民に比べ 2.8 倍ほど脳梗塞の発症リスクが高いことを実証した。
久山町のコホートは小規模であるが、最近ではより大規模なゲノムコホートを創設する動きがある。2003 年に発足したオーダーメイド医療実現化プロジェクトでは 47 の対象疾患のいずれかを有する患者約 20 万人のゲノムデータベースが構築された。また 2005 年に日本多施設共同コホート(J-MICC )研究、2011 年に次世代多目的コホート(JPHC-NEXT)研究が開始され、それぞれ日本各地より 10 万 人程度を目標に対象者を集めている。さらに、2011 年 3 月に発生した東日本大震災の被災住民をおもな対象とする東北メディカル・メガバンクが 2012 年に発足した。これらコホートの長期追跡研究は、オーダーメイド医療・予防の実現に寄与するものと期待される。
【秦 淳/清原 裕】