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免疫研究最前線 2005年版(平成17年版)

免疫系
 免疫系は病原体成分をパターン認識し,即座に反応する自然免疫系と,時間はかかるが詳細に的を見分けて反応する獲得免疫系からなる.自然免疫系は白血球,マクロファージ,ナチュラルキラー(NK)細胞などに発現するToll様受容体が病原成分をパターン認識することから反応が始まる.一方,獲得免疫系はリンパ球が主体で,1兆種類にも及ぶ抗原受容体によって異物を識別し,特定の受容体をもつリンパ球が増殖することによって初めて異物に対処できるため時間がかかるが,それらは免疫記憶細胞として残り,同じ病原体が侵入したときには即座に対処できる仕組みとなっている.
 最近,自然免疫系と獲得免疫系をつなぐシステムの存在が明らかとなった.両方の免疫系を制御するNKT細胞で,機能的には自然免疫系と獲得免疫系の橋渡しをする重要な細胞である.したがって,NKT細胞を欠損するマウスは,ウイルス,細菌,寄生虫,カビなどの病原体を排除できなくなり,感染死する.さらにNKT細胞の機能異常によって獲得免疫系でおこる自己免疫疾患の発症抑制,移植免疫寛容の維持,アレルギー制御,がん発症制御ができなくなる.このように,これまで未解決であった免疫現象の根幹に関わる多くが,NKT細胞系によって担われている.

NKT細胞
 NKT細胞は,NK細胞とT細胞の両方のマーカー(特徴づける分子)をもつところから「NKT細胞」と呼ばれている.NKT細胞の最大の特徴は,同一のアミノ酸配列からなる1種類の抗原受容体(Vα14)しか発現しないことである.通常のT細胞が1兆種類もの受容体レパートリーをもつのに比べて多様性がない.しかもこの受容体は,T細胞では使用されず,NKT細胞専用の受容体で,NKT細胞のマーカーともなっている.Vα14抗原受容体遺伝子は1986年に単離され,それをプローブに用いた分子生物学的解析から,NKT細胞の研究が始まった.
 NKT細胞のVα14受容体の抗原分子は,糖脂質であるアルファガラクトシルセラミドで,種属に1つしか存在しないCD1d分子と結合してNKT細胞を活性化する.1997年にアルファガラクトシルセラミドが発見され,これまで知られていなかった臓器移植,自己免疫疾患発症制御,がん,アレルギー,感染症に対する生体防御に中心的役割を担うNKT細胞機能を明らかにすることが可能となっただけでなく,ヒトのNKT細胞をも活性化するため,臨床応用が期待されている.とくにワクチン開発には不可欠の細胞であり新しい分野を開きつつある.NKT細胞機能の解析によって,免疫機構の基本的理解に新しいページが開かれるものと期待されている.

【 谷口 克 】

■トピックス後日談■

「新しい概念のNKT細胞標的がん治療」
 免疫系は,1015のレパートリーを持ち,どんながん細胞が出現しても認識するリンパ球は存在するが,それらを攻撃し,排除できる数は,最初から用意されていない.短期間にがんと戦う免疫細胞群を増やし,免疫記憶をつくり,持続攻撃することが必要である.それを可能にするのが「NKT細胞アジュバント作用」で,NKT細胞欠損マウスでは,免疫記憶ができない.
 「新しい概念のがん治療」の主役は,1986-1990年,世界に先駆けて発見した第4のリンパ球,NKT細胞で,米国免疫学会は,この発見を“免疫学の発展に貢献した業績”として,“免疫学の金字塔 (Pillars of Immunology)”に認定.1997年,NKT細胞だけ欠損したマウス創出に成功するとともに,アルファ・ガラクトシルセラミド糖脂質が,NKTリガンドであることも発見した.
 「NKTがん治療」は,腫瘍縮小を目指していた“これまでのがん治療”とは,作用機序の異なる“新しい概念のがん免疫治療”で,免疫記憶をつくり,持続的にがんを攻撃するため,がんと共存しながらも,がんの進展・再発・転移を抑制できる.
 その特徴は,

1) 「NKTがん治療」は,どんながんにも存在する「がん抗原を発現するがん細胞」,「がん抗原を発現しないがん細胞」,および「新たに出現する変異がん細胞」を「同時に」排除でき,がんの進行・再発・転移を抑制できる.
2) “アジュバント作用により,長期免疫記憶をつくる”ため,長期にがん細胞を攻撃し続けることができる.
3) がん細胞をターゲットにしていないので,どんながんの種類にも対応できる.
4) NKT細胞はすべての人に共通で,NKTリガンドは,誰のNKT細胞も分け隔てなく活性化できるため,万人のお薬として使用することが可能.
5) NKT細胞は,唯一未熟樹状細胞と反応でき,「未熟」から「成熟」へと分化を誘導できるため,がん患者の免疫不全を治し,がん細胞を攻撃する体制を整えることが可能.

 実際,放射線治療,化学療法,外科手術に抵抗性を示した進行肺がん(ステージIIIB期とIV期,再発症例)患者の生存期間中央値(MST)は4.6ヵ月.一方,この治療を受けた17名の患者MSTは,約18.6ヵ月.その内60%は,初回治療のみでその後無治療でも31.9ヵ月で,約6倍伸び,「NKTがん治療」は,がんの進行・転移・再発を防ぎ,著明な延命効果が証明され,先進医療Bに認定.
 進行肺がん患者抗がん剤治療後の1年目全生存率は42%であったが,チェックポイント阻害剤(PD-1抗体)治療群(2週間隔で48回投与:年間では27回投与)の1年目全生存率が56%と,有意に延長したことから注目を集めた.一方,「NKTがん治療」初回投与だけでも,1年目全生存率は78%であり,PD-1抗体治療以上の治療効果を示した.すなわち,1年に1度でも「NKTがん治療」を繰り返すだけで,長期生存が期待される.
 長期がん免疫記憶を誘導し,転移や再発を抑制し,期延命効果が期待できる安全性に優れた「NKTがん治療」.「がん」があっても,「がん」が大きくならず,転移や再発がなければ,健康に暮らすことができる.これは,がん治療のパラダイムシフト,がん治療概念を変革する新たな挑戦でもある.

【 理化学研究所統合生命医科学研究センター
谷口 克(2017年7月)】

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