太陽系外縁部の基礎知識 : 将来編 ─ 太陽系外縁部の直接探査に向けて ─
冥王星の「準惑星」入りにより変化した太陽系外縁部の定義
これまで冥王星まで (太陽から約 40 天文単位( AU、 1 AU は約 1 億 5000 万 km)) は惑星領域、それより遠方が「太陽系外縁部」とみなされて来た。しかし近年冥王星軌道付近に多くの小天体が発見されたことや、最新の惑星形成論 (惑星系形成論 : 最新 “ 太陽系の作り方 ” 参照)に照らし、大型惑星が存在する領域の端にあたる海王星軌道 (約 30 AU)以遠を「太陽系外縁部」と考えるのが良いだろう。太陽系外縁部には氷天体が分布しており、冥王星が属するエッジワース・カイパーベルトと呼ばれる領域 (30 - 50 AU のドーナツ状領域)と、更に遠くに球殻状に広がるオールト雲がある (太陽系外縁部の基礎知識 : 一般編参照 )。
惑星領域以遠に達する探査機 : ニュー ・ ホライゾンズ[1 ]
NASA は 1960 年代から太陽系惑星に次々に探査機を送り、数々の発見により太陽系に関する我々の知識を豊かなものにしてきた。かつて我々が「九惑星を持つ太陽系」と呼んだ時代に、最後に残された未踏の地が冥王星であった。
2006 年 1 月 19 日、 NASA は冥王星へ向けて探査機「ニュー ・ ホライゾンズ」を打ち上げた。未踏の「惑星」への出発であった。ところがこの年の夏、冥王星は国際天文学連合 ( IAU ) の総会で太陽系惑星の範疇から突然外された。最外「惑星」への探査を情熱をもって進めて来たミッション関係者の困惑は想像できる。実際、ミッション・チーム責任者のアラン・スターン博士は IAU 総会の翌日からインターネット上で「冥王星惑星降格」の反対署名を呼びかけた。
IAU での決定によりニュー ・ ホライゾンズは惑星探査機から準惑星探査機になってしまった。しかしこの変更に伴って探査の意義が縮小するわけではない。太陽系外縁天体に接近し、つぶさな観測によって未開の地平線を切り開く任務は「 New Horizons(新しい地平線)」 の名によりふさわしいと思える。
ニュー ・ ホライゾンズ計画の概要
この計画の目的は、冥王星および太陽系外縁天体たちのより詳細な情報を得ることである。冥王星やその仲間である太陽系外縁天体は、太陽系の惑星形成期に惑星形成過程から取り残された天体で、太陽系誕生時の状態を保っていると言われる。これらは主に氷と塵から成るが、太陽から遠く離れた所にあるこれらの天体の観測は難しく、太陽系外縁天体に関する我々の知識は未だ乏しい。したがって、これらの天体の直接探査は、太陽系に関する我々の知識を飛躍的に増大させるはずであり、特に太陽系の初期状態に関する重要な知見が得られると期待される。
探査機にはカメラや分光器等の 7 種類の科学観測機器が搭載されており、天体表層の地形、大気の組成と運動、高層大気と太陽風との相互作用、そして、冥王星到着までの探査機の航路にある惑星間塵の分布等を調べる予定である。
探査機は 2006 年 1 月 19 日に米国フロリダ州ケープカナベラル空軍基地から打上げられ、その 9 時間後に月軌道に達し、 78 日後には火星軌道を通過した。 2006 年 6 月に小惑星帯に突入し、探査機の軌道近くにいた小惑星 2002 JF56 を搭載観測機器のテストを兼ねて観測した。 2007 年 2 月 28 日に木星へのフライバイにて加速し、その際木星とガリレオ衛星の大気や地形、表面組成等の科学観測を行った。現在は冥王星に向けて惑星間空間を航行中で、 2015 年 7 月頃に冥王星に到着する。
冥王星へ最接近後、冥王星の最大衛星「カロン」 (Charon)へ最接近し、この間冥王星と Charon の地表地形の撮像、温度や大気の計測を行う。 2005 年 5 月に発見された冥王星の新たな 2 つの衛星「ニクス」 (Nix : エジプトの神)と「ヒドラ」(Hydra : 冥界を守る怪物 )の観測も行う。この二つの衛星の頭文字 “ N ” と “ H ” はニュー ・ ホライゾンズ(New Horizons) の頭文字に通じる。
ハッブル宇宙望遠鏡による観測で、冥王星の衛星 : Nix、 Hydra、 Charon はほぼ同じ色をしていることがわかっている [2 ]。一方、冥王星本体は赤味を帯びている。アラン・スターン博士は「冥王星の 3 衛星は “ ジャイアント ・ インパクト ” により同時に形成された」と考えている [3 ]。衛星たちは冥王星に天体が衝突した時の衝突天体起源の大破片と小破片いうわけだ。博士の考えが果たして正しいのかどうか、ニュー ・ ホライゾンズの探査は冥王星系の起源に関する情報も与えてくれるだろう。
冥王星系を通過後に探査機はさらに太陽系外縁深部へと進み、 2016 - 2020 年に 1 つか 2 つの太陽系外縁天体に接近する計画である。現在 1000 個あまり発見されている太陽系外縁天体は大部分が直径数 100 - 1000 km と冥王星よりさらに小さく、暗いため、それらの物理特性に関する我々の知識は皆無に等しかった。ここ数年で、地上の大型望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の観測により、少しずつではあるが天体の姿が見えてきた (太陽系外縁部の基礎知識 : 観測編参照 )。例えば、冥王星より少し大きいと考えられている太陽系外縁天体エリス (2003 UB313)は太陽系で最も高い反射率をもつ天体の1つであるらしい。一番反射率の高い天体は土星の衛星・エンケラドスで [4 ]、太陽光をほぼ 100 % 反射する。これは地下から継続的に氷が吹き出し、表面が常に新しい氷で覆われるためと考えられている。エリスはどのようなメカニズムで高い反射率を示すのか? エリスの発見者の一人であるマイケル ・ ブラウン博士は次のように推測する[5 ]。「現在エリスはエリスの軌道上で太陽から最も遠い地点にあり、そこは何もかもが氷結する温度である。しかしエリスが太陽に近かった時 (今から 280 年前)は温度は上昇し、メタンや窒素が昇華して大気を形成したかも知れない。今はその大気も氷結して地表に降りているため、太陽光を反射しやすいのだ。エリスでは公転周期である 580 年毎に、大気の氷結と蒸発が繰り返されるのだろう。」
ニュー ・ ホライゾンズは太陽から遠く離れた氷結地帯で起こっている現象を、地球からでは決して実現できない解像度で我々に垣間見せてくれるはずである。
すばる望遠鏡の貢献
ニュー ・ ホライゾンズ計画には日本のすばる望遠鏡も貢献している。冥王星の後に探査機が向かう太陽系外縁天体探しのパートナーとしてである。探査機打ち上げに向けて準備が着々と進んでいた頃、実はまだどの太陽系外縁天体を目指すかは決まっていなかった。というのは、既知の太陽系外縁天体の中にニュー・ホライゾンズの軌道に近く、探査機が容易に接近できる天体がなかったからである。アラン・スターン博士から依頼があり、暗い天体を世界一の広視野で捜索できるすばる望遠鏡が太陽系外縁天体探しに一役買うことになった。観測は 2004 年から 20 晩にわたり行われ、現在 (2007 年 5 月 )は観測データから候補天体を探している最中である。ニュー ・ ホライゾンズ ・ ミッションの公式ウェブページ (http://pluto.jhuapl.edu/ )の片隅にあるすばる望遠鏡のロゴマークを探してみてほしい。
冥王星と太陽系外縁天体という人跡未踏の地にこの探査機が到達するのはまだ 8 年も先の話である。その間に小学生は成人し、 ミッションに参加している研究者たちも様変わりするだろう。技術は進化し、冥王星到着時には既に時代遅れの機器による観測になっているかもしれない。我々が更に遠くへ探査機を飛ばそうとすればミッションはさらに長期化し、世代を超えたミッションになる。ニュー ・ ホライゾンズはそうした長期ミッションの先駆けとして、超世代ミッション遂行法の地平線をも切り開いてくれるだろう。
【 参考文献 】
[1 ] http://www.nasa.gov/mission_pages/newhorizons/main/
[2]http://hubblesite.org/newscenter/archive/releases/2006/15/image/d
[ 3]Stern , S . A . et al . Nature , 439 , 946 - 948 , 2006.
[4]http://www.solarviews.com/eng/enceladu.htm
[5]http://www.gps.caltech.edu/~mbrown/planetlila/index.html#eris