放射線の遮蔽
放射線と物質の相互作用を利用して、放射線の近くに物体を置き、放射線をその物体の中で止めたり、裏側まで抜けてくる放射線の数を減らしたり、エネルギーを低くしたりすることを、遮蔽という。
ただし、遮蔽物が全くなくても、点状に集中した放射線源からの放射線の強度は距離の 2 乗に反比例して減少する。
中性子以外の放射線と物質の相互作用は、単位体積あたりの電子数が多いほど大きい。物質を構成する原子の電子の数は原子番号に比例し、質量数にほぼ比例する。したがって相互作用の大きさは物質の密度にほぼ比例することになる。このため、密度が大きく比較的安価な鉛が遮蔽材としてはよく使われる。遮蔽に必要な厚さは、放射線の種類とエネルギーによって異なる。
たとえば、137Cs の 662keV の γ 線を 1/100 の強さまで遮蔽するには、鉛なら約 4cm、コンクリートなら約 80cm の厚さが必要である。レントゲン写真用の X 線は 0.5mm 程度の鉛板で十分遮蔽できる。β 線は数 mm の金属板で遮蔽できる。( 完全に遮蔽するのに必要な厚さは、β 線のエネルギーと金属の種類による。)
密度の低い水やプラスチックでも、十分な厚さにすれば、その中に含まれる原子が多くなり、したがって電子の数も増えるので、遮蔽の効果が期待できる。
身のまわりにある最も密度の薄い物質といえる空気も、電子の働きで放射線を遮蔽する。そのため、固体や液体の遮蔽物がなくても、α 線は空気中を 10cm 以上進むことはない。エネルギーの大きい β 線も空気中を 10m 程度進むと止まる。しかし、γ 線や中性子線は空気中を数百 m 進んでも完全にはなくならないのが普通である。( ただし、すでに述べたように距離の 2 乗に反比例して弱くなる。)
中性子は電子とはほとんど相互作用しないので、中性子を遮蔽するには、原子核との相互作用を利用する。陽子 (水素の原子核)は中性子と質量がほとんど同じなので、弾性散乱で効率よく中性子の運動エネルギーを受けとってまわりに熱平衡の中性子 (熱中性子)にすることができる。また、熱中性子を吸収して重水素になる吸収反応もする。このため、中性子の遮蔽には水素原子の数の密度の高い、水やパラフィンがよく用いられる。ただし、吸収反応の断面積は弾性散乱の断面積の約 400 分の 1 に過ぎないので、水の量が十分でないときは、熱中性子は水の領域を抜け出て、その後半減期約 10 分で自然に陽子と反ニュートリノに崩壊する。しかし、吸収断面積の大きい同位元素を利用すると、中性子を効率よく吸収させることができる。たとえば、天然のホウ素に約 20% 含まれている 10B を熱中性子と反応させると、7Li のイオンと α 線になる(10B + n → 7Li + α )。イオンや α 粒子は電荷を持っているので、非常に短い距離ですぐ止まる。
【兵頭俊夫】
( 理科年表 2012年版(平成 24 年版)震災特集より )