平成13年【序文】
30年近く前、アメリカで観測中に共同研究者と物理学上の議論になり、『理科年表』を開いて関連する定数を見せたら、日本ではそんな便利な本を出しているのかとひどく感心された。日本の観測天文学が欧米にまだ水をあけられていた頃で、強敵から1本とったような気がした。似た経験をされた研究者は、きっと多いことと思う。授業の準備をする学校の先生、オフィスで設計をしたり工場や屋外でもの造り・測定に取り組む技術者、原稿執筆中のライターやジャーナリストなど、その場で『理科年表』を開いてデータを調べ役に立てた経験を持つ読者の方々は、数えきれないはずだ。思いがけないところにも隠れたファンは数多く、『理科年表』を支えていただいている。
一冊で科学の全分野をカバーするという、世界でも類のないデータブック『理科年表』は、冒頭の「暦」部などの編纂の必要から、国立天文台が責任編集をお引き受けしている。発行元である丸善株式会社の御努力と気象庁、国土地理院、海上保安庁水路部、建設省河川局、東京大学理学系研究科と同地震研究所、名古屋大学太陽地球環境研究所、郵政省通信総合研究所、東京都神経科学総合研究所、宇宙開発事業団などの方々の組織的・個人的な共同作業のもと、毎年編集/改訂作業が行われてきた。教科書をはじめさまざまな科学データの典拠の役割も果たし、広く愛され利用されている。しかし一方ではデータが古くなりあるいは増え過ぎ、索引など利用上不便といった御指摘も多く、かつ社会の新しいニーズに応える必要にも迫られている。
今回はそうした面も考慮して多くの項目についてデータの更新を行ったが、今年は大正14年の創刊から75年目でもある。この機会に新たな脱皮を図りたいと、編集グループは額を集めている。科学の社会的役割がますます重大になる一方、子供も大人も理科離れが心配される状況の中で、「理科年表』を職場のデスクや家庭に常備されるような「自然界の辞典」と位置付け、21世紀社会に向け少しでも自然への関心の高まりに役立つものにできればという思いからである。厚さを増すばかりだったボリュームやCD-ROM版との役割分担等も含め、利用者、愛読者の方々から大いに御意見をいただきつつ改訂の方向を詰めてゆきたい。忌悼ない御要望や御提案をお願いするや切である。
2000年 11 月
国立天文台 台長 海部宣男