シューメーカー・レビー第9彗星の木星への衝突
1994年7月に起こったシューメーカー・レビー第9彗星(以下SL9)の木星への衝突は,予測を超えるさまざまな現象を引き起こし,天文学史上の大きな事件として後世に語り継がれることになった.SL9は1993年3月24日,アメリカ・パロマー山天文台の口径46cmシュミット望遠鏡によって,シューメーカー夫妻とレビー氏が発見した全光度14等の彗星で,当初から20個ほどの核に分裂していた.核はA~Wの符号がつけられ,大きいもので直径5km程度と推定された.核の中には衝突前に再分裂したり,拡散・消失したものもあった.その後の観測によりSL9は木星に一時的に捕捉され,そのまわりを回る軌道に入っていること,発見の8カ月前に木星に約20000kmまで接近していたことが判明し,接近時の木星からの潮汐力で分裂したと考えられた.さらに,発見から1年4カ月後の1994年7月に木星へ衝突することが,中野主一氏やアメリカのマースデン博士らによって明らかになり,世界の注目を集めた.このクラスの彗星の木星への衝突はいままでに記録はなく,約1000年に1度の珍しい現象と推定される.惑星探査機ガリレオやハッブル宇宙望遠鏡をはじめとして,世界中のほとんどの望遠鏡が衝突期間中に木星に向けられた.衝突は世界時で1994年7月16日20時の核Aに始まり,22日8時のW核で終った.衝突速度は約60km/s,衝突する場所は南緯44°付近,中央経度から西に98~94°の領域であった.衝突地点は地球からは直接見えず,衝突の瞬間は惑星探査機ガリレオを除いて観測できていない.したがって,衝突直後のさまざまな現象の観測は衝突地点が木星の自転により地球に向くまで十数分待たされた.なお,各核の正確な衝突時刻は現段階でもよくわかっていない.ガリレオが捉えた初期の発光時刻が衝突時刻とも解釈できるが,同じ核の衝突でも地上の赤外線観測による最初の微弱な発光が時間的に早かった例もある.いずれにしろ,彗星破片は木星大気へ突入し,数秒にわたり最初の閃光が発生した.この流星現象・爆発閃光の後,高温のきのこ雲が上昇し,大きな核ではその高さが3000kmにも達した.きのこ雲は高温のため,近赤外線で強烈に光っており,予想した明るさをはるかに超えていた.図は国立天文台岡山天体物理観測所の口径188cm望遠鏡と赤外線カメラが捉えた核Kの衝突によるきのこ雲の明るさの変化である.このきのこ雲からは水分子や金属元素,あるいは今まで木星大気下部に存在が予想されながら見つかっていなかった硫黄や硫化水素などが検出された.きのこ雲は冷却・落下し,成層圏に漂う黒い痕跡をつくった.大きな痕跡では地球の直径を超えるほどで,小口径の望遠鏡でも容易に確認できた.ハッブル宇宙望遠鏡では三日月型の大きなリングが観測されているが,これは斜め衝突による爆発噴出物の異方性に起因していると思われる.黒い物質は彗星の塵やすすのようなものだともいわれているが,正体は不明である.近赤外線で見ると,長谷川均氏らの予測通り,この痕跡は白く光って見えていた(写真).これは成層圏のメタンなどの分子が太陽の近赤外線を吸収するため,通常の高さにあるアンモニアの雲からの散乱光が吸収されて,暗くなっているためである.さらに衝突は電磁気圏環境を変え,北半球でのオーロラの出現やX線の放射,あるいはシンクロトロン領域やデカメートル波領域での電波強度変化などの興味深い現象を引き起こした.これらは近赤外線や可視光の観測結果とあわせて,木星や彗星の謎を解くだけでなく,過去地球にも起こった衝突現象の影響を探る上でも貴重なデータになることはまちがいない.
【渡部 潤一】
写真 核,A,E,Gの衝突跡
図 赤外線カメラOASISによる光度変化(波長2.3μm)