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細胞が形を維持しているのはなぜ? 細胞骨格の意味は?

 生物は実に様々な形をしていますが、細胞にもまた多様な形態を見ることができます。動物細胞では、多くの細胞で突起状の構造が作られます。上皮細胞や卵母細胞、感覚細胞など各種の細胞に広く見られる微絨毛や、神経細胞の樹状突起や軸索は代表的な例と言えます。様々な細胞で見られるアメーバ運動でもまた、仮足や波うち膜といった形態が観察されます。このような形態の大部分は、細胞骨格の一種であるアクチン繊維に依存しています。アクチン繊維は細胞内で活発に重合することによって、細胞膜を外側へ突き出す力を生み出します。また、アクチン繊維を束化するタンパク質の働きによって、アクチン繊維の束や網目構造が形成され、それぞれ細胞膜の突起やシート状の構造を作り出す際に必要とされます。さらに、動物細胞の形を維持するには中間径フィラメントと呼ばれる一群の細胞骨格が重要な役割を果たしています。中間径フィラメントは一般的に柔軟で切断されにくく、神経細胞の軸索を始めとして様々な細胞を機械的に支持しています。


 一方、植物細胞では一部の表皮細胞などに多くの突起や陥没が見られますが、大部分の細胞が単純な円柱状の形態を示しており、動物細胞で見られるような複雑な形態変化もまれです。ほとんどの植物細胞は、細胞膜の外表面に細胞壁と呼ばれる強固な多糖類の層を沈着しており、細胞壁が細胞の形を維持しています。この細胞壁を細胞壁消化酵素で分解すると、細胞はプロトプラストという球形の細胞になってしまいます。このように、植物細胞は丈夫な細胞壁に覆われているため、細胞骨格が細胞の内側から細胞膜を押し出して変形することはできません。しかし、細胞骨格は植物細胞においても形態形成に重要な役割を担っています。細胞壁は丈夫ですが、同時に高い伸展性も有しており、植物細胞が水を吸収すると、膨圧が発生して細胞壁が引き伸ばされます。ところが、細胞壁の物性は均一ではなく、伸展しやすい方向が存在するため、細胞は細胞壁の物性に依存して特定の方向に伸張します。この物性に大きな影響を与えているのが、細胞壁の主成分であるセルロース微繊維です。顕著に伸長成長する植物細胞では、細胞骨格の 1 つである微小管が細胞膜直下に並列にならんでいますが、これらがセルロース合成酵素の軌道を同じ方向に向けることによって、セルロース微繊維のならぶ方向を決め、それに縛られた細胞質が繊維と直角の方向に伸張するので、結果として細胞の形を決定しているのです。


 このように、メカニズムは全く異なりますが、動物細胞と植物細胞いずれにおいても、細胞骨格は細胞形態の形成と維持に必要不可欠な存在です。興味深いことに、細胞骨格そのものの構造は動植物を通じて高度に保存されています。細胞を動かすことで体を作り上げる動物と、細胞を動かすことなく体を作り上げる植物は、それぞれの生存戦略に適した方法で細胞骨格を利用するように進化したと考えられます。

【小田祥久・馳澤盛一郎 東京大学大学院新領域創成科学研究科(2006年 9月)

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