内分泌かく乱物質(環境ホルモン)とは?
Theo Colborn が中心となり開催された Wingspread 会議(1991)で、ホルモン受容体に結合して細胞のシグナル系を乱す物質は、発達中の生物に対して悪影響を及ぼす可能性があることから、内分泌かく乱物質 (Endocrine disrupter)問題が提唱された。次いで、Our Stolen Future 『奪われし未来』(コルボーン等)〔 1996 〕 が出版され、当時のアル・ゴア副大統領が、化学物質問題を指摘した 『沈黙の春』 にも匹敵する重要な問題との序文を寄せた。米国、EU、経済協力開発機構(OECD )、世界保健機関(WHO)でも世界的な取り組みが行われた。
1950 年代より PCB の異性体や DDT などには女性ホルモン作用が知られており、健康への懸念から、「環境中の女性ホルモン」会議 〔 1972 - 1994 年 〕 が開催されていた。
WHO では、Weybridge 会議 〔 1996 〕 の定義をもとに、「内分泌かく乱物質とは外因性物質およびその複合物であり、内分泌系の機能を変化させ、正常個体、その子孫および集団に対して悪影響を及ぼす物質」としている。
日本では、「化審法」により化学物質の安全性を担保している。環境省 (当時、環境庁)は、1998 年に内分泌かく乱作用が疑われる物質のリストを作成し、それに基づいて環境媒体中の濃度測定を行うとともに、メダカおよびラットを用いた試験を行い、有害性評価を行った。メダカを用いた試験では、ノニルフェノール、オクチルフェノール、ビスフェノールおよび o,p'-DDT は高濃度では悪影響を及ぼすことが示された。さらに、ヒトが食事等で取り込む量を基にしたラットの試験では、調べたすべての物質で悪影響は検出されていない。一方、ダイオキシン類や PCB 類の野生生物の体内濃度は、減少傾向にはあるが、急激な低下は見られていない。
厚生労働省と経済産業省は、女性ホルモン受容体タンパク質の構造と、化学物質の 3 次元構造から、化学物質の受容体への結合を推定するコンピュータープログラムを作成している。20 万種類の物質中 2000 種類程度は女性ホルモン作用を有する可能性が指摘されている。女性ホルモン作用を示す物質はフェノール基を持つものが多い。
WHO(2002)は、当時までに発表されていた多くの文献を評価し、ヒトおよび野生生物で、影響とその推定される原因物質についてまとめた (表 )。また、OECD では、1998 年から、哺乳類 (ラット )、両生類(アフリカツメガエル )、魚類(メダカ、ファットヘッドミノー、ゼブラフィッシュ、トゲウオ )、無脊椎動物(アミ、コペポッド、オオミジンコ、ユスリカなど)を用いて、物質の内分泌かく乱作用を検出する試験法を作成中である。
表 野生生物とヒトで見られている悪影響とその原因と思われる物質
(Global Assessment by WHO / IPCS , 2002 より改変 ) |
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ND : no relevant data ; AhR : arylhydrocarbon receptor ; AR : androgen receptor ; ER : estrogen receptor ; RXR : retinoid X receptor ; TR : thyroid hormone receptor ; |
欧米では、依然として研究が継続されており、紫外線吸収剤、PFOS (パーフルオロオクタンスルホン酸塩 )、PFOA(パーフルオロオクタン酸)など新たな物質が問題とされ始めている。
【井口泰泉 基礎生物学研究所岡崎統合バイオサイエンスセンター (2008年 7月)】