健康寿命と老化
日本の総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は上昇を続けており,2018年には28.1%となった.一方で,2018年の日本人の平均寿命は男性が81.25歳,女性は87.32歳と,過去最高を記録している.このように「超高齢社会」となったわが国では,医療や介護に要する労力や費用が年々増加していくことが大きな問題となっている.このような背景をもとに近年「健康寿命」という概念が注目されている.健康寿命とは,「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことを指し,世界保健機関(WHO)が2000年に提唱した概念である.健康寿命と平均寿命の差は,日本では男女ともに10年前後で推移しており(図1),寿命を迎えるまでのこの約10年間は,誰しも生活に何らかのアシストが必要となることを意味する.そのため,健康寿命を延長し,この10年間の差をいかに短くするかが今後の大きな課題である.
資料:平均寿命:平成13,16,19,25,28年は,厚生労働省「簡易生表」,平成22年は「完全生命表」
健康寿命:平成13,16,19,22年は,厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」,平成25,28年は「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料」
図1 健康寿命と平均寿命の推移(出典:平成30年版高齢社会白書)
介護が必要となるおもな原因としては,認知症,脳卒中,高齢による衰弱,骨折・転倒,関節疾患が挙げられる.とくに骨折・転倒の原因としては老化による骨粗鬆症に加え,筋肉量の減少と筋力低下(サルコペニア)が関係していると考えられ,正常な筋肉量・筋力を維持することは,高齢者の身体機能維持においてとくに重要であるといえる.サルコペニアという概念は,「筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられる症候群で,身体機能障害,生活の質の低下,死のリスクを伴うもの」と定義されている.サルコペニアの有病率は年齢とともに高くなり,日本での有病者数は推定370万人とされている.サルコペニアの原因には老化に伴う成長ホルモン,インスリン様成長因子,男性ホルモンなどの減少や,ミトコンドリア機能の低下のほか,不活動や寝たきりによるもの,重症臓器不全,炎症性疾患,悪性腫瘍や内分泌疾患に付随するもの,また吸収不良,消化管疾患,タンパク質の摂取量不足などに起因するものがある(図2).サルコペニアのメカニズムに関する研究も進んでおり,筋収縮によって誘導される内因性ペプチドであるアペリン,主として骨との関連が検討されてきたビタミンD,腸内細菌叢の関与などが最近報告されている.
高齢者において,このサルコペニアを予防することが,要介護者の減少につながると考えられる.サルコペニアの予防法としては,栄養療法と運動療法が有効である.栄養療法において,タンパク質は骨格筋量,筋力,身体機能の維持の要であり,とくに高齢者では,筋肉量を維持するための筋細胞内のタンパク質合成も低下しているため,十分なタンパク質の摂取が必要である(図3).また,運動療法に関しては,定期的な運動習慣で身体機能の向上を図り,骨量や筋量を維持することが求められる.さらに運動療法に関しては,サルコペニアの予防法としてばかりでなく,悪性腫瘍,腎疾患などの慢性疾患,認知症などの進行を予防する因子としても注目される.
【武田伸一】
図2 加齢性サルコペニアの原因
図3 タンパク質摂取量の平均値(年齢別階層別).成人のタンパク質の摂取推奨量は男性60g,女性50gであり,高齢者は平均値でみると比較的十分なタンパク質量を摂取しているように見えるが,個人間でバラつきがあり,推奨量に満たない対象者が相当数いる可能性が考えられる.また,厚生労働省による国民健康・栄養調査は1日調査であることもあり,結果の解釈は慎重にする必要がある.(出典:平成28年国民健康・栄養調査報告(概要)より一部改訂)