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KAGRA 観測開始

 2015年9月14日のアメリカの重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)による重力波信号(GW150914)の初観測以降,重力波の観測によって新たな天文学・宇宙論的な知見が次々ともたらされてきている.2017年には欧州のVIRGO(ヴィルゴ)も観測運転を開始し,LIGO-VIRGOの共同観測では50イベントを超える連星ブラックホール合体からの重力波信号およびその候補が捉えられている.また,連星中性子星合体からの重力波信号も2017年に初めて検出された.このイベント(GW170817)では,電磁波望遠鏡を用いた追観測によって,電磁波対応天体が発見され,短γ線バーストやキロノヴァの起源,宇宙における重元素の起源といった知見や,重力波の伝搬速度といった相対論・基礎物理学的な知見,ハッブルパラメータの推定といった宇宙論的知見も得られている.そのような背景のもと,日本で建設が進められていた重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)が,2020年に観測運転を開始した.
 KAGRAは,3kmの基線長を持つレーザー干渉計型の重力波望遠鏡である.目標感度はLIGOやVIRGOと同程度であり,これらの重力波望遠鏡と同時に観測を行うことによって,重力波源となる連星系の質量などのパラメータ推定精度が向上することが期待できる.とくに,重力波源の位置推定と速報は,電磁波望遠鏡による対応天体の特定や光度曲線の作成,分光観測などのフォローアップ観測を実現させるためにも重要である.国際観測網にKAGRAが加わることによって,位置推定精度が3倍程度向上することが期待できる.GW170817の際には,3台の重力波望遠鏡(LIGO2台とVIRGO1台)による同時観測によって,方向は約30平方度の範囲,距離は40Mpc程度と特定された.その範囲に含まれる約20個の銀河を順番に光赤外望遠鏡で観測することで,重力波信号検出の約10時間後に母銀河(NGC4993)と対応天体が特定されていた.KAGRAが国際観測ネットワークに加わり4台体制になることで,位置推定精度および電磁波対応天体を発見する確率が向上するのである.さらに,より迅速に対応天体を発見することが可能になり,連星中性子星合体直後から電磁波望遠鏡による光度曲線観測や分光観測を行い,連星合体によるγ 線バーストやキロノヴァのメカニズム解明や,重元素の生成についてより定量的な研究を進めることも期待できる.
 KAGRAは,東京大学宇宙線研究所,高エネルギー加速器研究機構,自然科学研究機構国立天文台を共同ホスト機関とした協力体制のもと,国内外の研究機関・大学の研究者と共同で岐阜県飛騨市・神岡の地下サイトで2010年に建設が開始された.トンネル掘削と坑内施設の整備,真空槽・クライオスタットの設置を行った後,2019年までには,鏡・防振・懸架装置や,レーザー光源・光学系,制御とデータ取得システムなど,主要な構成要素のインストールが完了していた.感度を高めるための調整,数回の試験運転を経て,2020年2月に重力波観測のための連続運転を開始した.KAGRA単独での観測運転後,4月にはドイツに建設された重力波望遠鏡GEO600とO3GKと呼ばれる共同観測運転を2週間行った.これは,KAGRAとして初めての国際観測運転であった.この際のKAGRAの平均的な感度は,約500kpc以内で発生した連星中性子星合体からの重力波であれば捉えることができるというものであった.GEO600とともに,もしわれわれの銀河内で重力波イベントが発生すれば検出可能な性能だったといえる.このようなイベントが起きる確率は非常に低い(10万年に1回程度)ものであるが,KAGRAとして重力波を捉えることが可能な性能で観測運転を開始したという重要な一歩を踏み出したといえる.
 連続観測運転の後,各種の評価測定を経て,KAGRAの性能向上のための調整と改良が行われている.目標性能まであと300倍程度の感度改善を目指している.また,稼働率も観測イベント数に直結する重要な性能である.O3GKの際には,悪天候による低周波数振動の影響もあり,稼働率は50%強程度であった.この稼働率向上のため,防振装置や制御系の改善も進められている.LIGO,VIRGOでも2020年3月に3回目の観測運転(O3と呼ばれる)を終え,その後,性能向上のための改良と調整を進めている.2022年にはつぎの4回目の観測運転(O4)を開始する見込みであり,KAGRAもその観測運転に参加する予定である.その際には,KAGRAによる重力波信号の初検出が実現されるとともに,国際共同観測によって新たな知見が得られることであろう.

 

【安東正樹】

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