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トキの放鳥 2010年版(平成22年版)

 平成20年(2008年)9月25日,10羽(雄5,雌5)のトキが佐渡島において放鳥された.昭和56年(1981年)に佐渡に生息する野生のトキ5羽が一斉に捕獲されてから,トキが再び佐渡の空に舞うようになったのは,まさに27年ぶりのことである.しかしこのトキは日本産ではなく,中国からもらいうけて飼育され,繁殖が試みられて放鳥に至ったのである.トキの学名はNipponia nipponといわれ,その美しい姿からも日本の代表する鳥である.大正時代の終わり頃までには,北は北海道から南は九州まで全国に生息していたことが知られていたが,約60年の間にほとんどのトキが日本から姿を消し,最後には能登半島,ついには佐渡のみ生息することになったのである.私自身も昭和32年(1957年)頃に,叔父(佐藤春雄)に連れられて,野生のトキの飛んでいる後ろ姿を一度見たことがある.その美しい姿を見たときに,深い感動と同時にこのような美しいトキを後世に残すためにはいったい何羽必要だろうかと考えさせられた.昭和46年(1971年)に能登半島のトキが絶滅した.その間,昭和9年(1934年)にはトキが天然記念物に指定され,その後,昭和27年(1952年)に特別天然記念物,さらに昭和34年(1959年)には国際保護鳥として選定された.佐渡のトキは平成15年(2003年)に一度絶滅した.その後中国から同じトキをもらいうけ,その後順調に飼育されてその数も増え,そのうち上記のように10羽が放鳥された.放鳥された後,雌の3羽は本州の本土に飛翔し,そのうち1羽は本土からまた佐渡に戻ってきた.しかし,なぜ雌だけが本土に飛翔したのか.なぜ彼らは佐渡の飼育ケージのなかで飼育されていたにも関わらず,約40km も海を隔てて離れた本土へ飛翔できたのか.その方向感覚と飛翔力,生命力には改めて驚きを感じる.
 トキは朱鷺(とき)色(ピンクがかった橙赤色)で,全長は約75cm の比較的大きな鳥である.この羽根は伊勢神宮などの式年遷宮にも使われ,日本においては太古の昔から文化的にも宗教的にも貴重な鳥だったのである.このような日本のなかで生息していたトキという種(species)が地球上で生き残るためには,どのような環境が必要であり,何羽まで必要であるだろうかという新しいテーマがそこにある.人工飼育から,野生化への移行は単にトキだけの問題ではなく,他の生物においても地域環境や自然環境,そして生物との共生の環境を示しているともいえよう.
 現在では,日本のトキは人工孵化され,佐渡トキ保護センターで飼育され,その後,多摩動物公園に移されたりしている.国内で飼育されているトキは,着実な人工孵化などを背景にして153羽まで増えてきている.トキの野生化の試みは,今年(2009年)も9月29日に第2次の放鳥が行われ,20羽が放鳥された.今後,これらのトキが野生で生息し,繁殖するかを見守りたい.トキがほんとうに佐渡の土地に棲み着いて生息するためには,環境や食べ物(ドジョウ,カエル,サワガニなど),気候,地域の方々の協力などを考え,総合的に捉えるべきものである.トキという一種の象徴的な鳥であるが,これからの生物保護の問題,地球環境と人間と生物の関係のひとつのシンボルとして捉えられる.今後の自然のあり方と,人間の関係との大きな問題がそこに横たわっていると考えられる.

【浅島 誠】

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