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サバクトビバッタの大発生

 2020年,東アフリカ,中東,南アジアでサバクトビバッタが大発生し,農作物に甚大な被害を及ぼし,その惨状を多くのメディアが取り上げた.このバッタは,西アフリカのモーリタニアから中東,インドまでの南西アジアにかけて広く分布し,古来より,深刻な農業被害をもたらしてきた移動性害虫の一種である.大発生時には,約60ヵ国が農業被害に遭い,その面積は地球上の陸地面積の約20%に及び,食料危機に瀕するのは世界人口の約10%に及ぶとされる.500種類以上の植物を食べる広食性であり,発育ステージ(幼虫,成虫)によって好みが変わることがあり,同じ植物でも植物の成長ステージによって好んで食べたり食べなかったりする.このバッタによって被害に遭うおもな農作物として,穀物(トウジンビエ,ソルガム,トウモロコシ,コムギ,サトウキビ),ワタ,果物などがある.家畜の餌となる草も食い荒らすため,現地は深刻な被害を受ける. 
 サバクトビバッタは,普段は数が少なく,重要視されていない.しかし,諸々の環境条件が重なると,大発生し,天地を覆いつくすほどの巨大な群れを成し,1日に100km以上移動し,農作物に甚大な被害を及ぼす害虫へと化す.このような劇的な変化が生じる原因の一つとして,このバッタが,行動,形態,生理的特徴を混み合いに応じて変化させる特殊能力「相変異」を持つことが挙げられる.普段の低密度下で育ったバッタは「孤独相」,一方,大発生時の高密度下で育ったものは「群生相」と呼ばれる.孤独相はお互いを避け合うが,群生相になると,お互いに惹かれ合い,群れて集団移動する習性を示す.形態的な変化は数日~数週間かかるが,行動の群生相化は数時間で起こり,形態的には孤独相だが,混み合いを経験すると群生相のように振る舞うようになる.
 1921年にロシアの昆虫学者ウバロフ卿が,トノサマバッタが相変異を示すことを発表し,その後,各大陸の穀倉地帯で大発生するバッタも相変異を持つことが報告された.群生相化したバッタは孤独相に比べ発育・繁殖能力が向上するため,爆発的な個体群の増加に寄与していると考えられている.今まで,FAO(国際連合食糧農業機関)が中心となり,サバクトビバッタ対策を長年にわたり牽引してきた.
 日本では,「イナゴ」と「バッタ」の区別が十分にされていないように思われる(図).サバクトビバッタが大発生し,メディアで取り上げられる際,「イナゴ」の表記を多く見かける.Word(マイクロソフト)で漢字変換すると「イナゴ」は「蝗」となるのに対し,「バッタ」は「飛蝗」と表記される.イナゴは「Grasshopper」,バッタは「Locust」と英語で表記される.日本で見かけるトノサマバッタも相変異を示すため真正なバッタである.イナゴの仲間にも混み合うと若干姿形が変わるものや,大量発生し,農業被害を起こすものがいる.しかし,「相変異を示すこと」「群飛すること」この二つの条件を満たした種がバッタとして扱われている.約6800種いるバッタ・イナゴの仲間のうち,約20種が真のバッタとして認識されている.
 今回のサバクトビバッタ大発生の原因だが,一説によると,最近の地球温暖化や気候変動がバッタの大発生を引き起こしたと言われている.しかしながら,過去にもバッタの大発生はしばしば起こっており,今回が特別に異常だったわけではない.大発生に至るプロセスは,複雑でまだ不明な点があるが,干ばつ,大雨,風,植物,土壌,季節と密接に関係している.常に大発生しているわけではなく,「不定期」に「突発的」に大発生する特徴がある.
 ほとんどバッタがいない状況から大発生に至る大まかな流れを説明する.通常の生息地は,常発生地域(Recession area)と呼ばれ,西アフリカのモーリタニアから東はインドに広がる半乾燥地帯である.年間の降雨量が少なく,孤独相の成虫が未成熟(繁殖を始める前)の状態で細々と生息している.大雨が降り,餌となる草(野草)が生えてくると孤独相の成虫はその草を食べて性的に成熟して交尾できるようになり,繁殖を開始する.広範囲にわたって十分な量の草があり,その好適な環境条件が続くと,さらに発育・繁殖が進み,個体数が増加する.乾季に伴い草が枯れ始める頃,餌が残っているエリアに成虫が集まり(自力飛翔と風による移動),他の個体との接触により群生相化のスイッチが入って,行動,生理的特徴に変化が起きる.その次世代幼虫が成虫になると群れで移動を開始し,常発生地域から侵入地域(Invasion area;普段は生息しておらず,大発生した際に侵入する地域)に侵入し,そこで農業に大きな被害をもたらす.侵入先の環境条件が好適であると繁殖をはじめ,さらに個体群が増大し,被害の程度,エリアが増加する.
 歴史的に干ばつの後に大雨が降ると大発生する傾向があり,現在問題となっている2020年の大発生も,干ばつの後にサイクロンによってもたらされた大雨がサバトビバッタにとって好適な環境を生み出したことが原因と考えられている.
 これまでの大発生の終息にも生息環境の変化が関与している.雨が降らなければ,餌となる草が枯れ,産卵に適した湿った地中も失われるため,大群を維持できなくなり,最終的に死滅する.今後の動向は雨が握っていると言っても過言ではない.干ばつ地域にとって大雨は恵みの雨となるはずが,バッタによる被害を助長する悩みの種となる.

 

【前野ウルド浩太郎】


図 バッタ(Locust)とイナゴ(Grasshopper)の違い.混み合いに応じて行動や姿形を変化さ
せる相変異を示すものは「バッタ」,示さないものは「イナゴ」と区別される.

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