遺伝子の表現の中で、センチモルガンとはメートル法でどれだけか知りたい
答え:ヒトでは平均すると 1 センチモルガンは約 0.022 cm です。
まずヒトを例として考えてみます。
ヒトゲノム(ヒトが持つ DNA の全体)の大きさを塩基配列の長さを単位として考えてみます。ヒトゲノム全体の塩基数はおよそ 3100 メガ塩基対(31 億文字、最新データでは 3,104,276,520 塩基対)です。 2 つの塩基間の距離はおよそ 3.4 オングストローム(10-10 m)ですから、ヒトのもつゲノム全体の長さは 31 億 × 3.4 × 10-10 m (1.05 m)となります。つぎに遺伝学的な距離の単位であるセンチモルガン(cM)を考えます。まず連鎖している (同じ染色体上にある)2 つの遺伝子座を考えます。 2 つの遺伝子座間の距離は染色体の乗換え(交叉 )が起こる頻度に比例していると考えられますので、 2 つの遺伝子座の間で交叉が起こった頻度から遺伝子座間の遺伝学的距離を決定します。 1 モルガンは 1 回の減数分裂において 1 回の乗換えが期待できる距離として定義されますが、よく用いられる 1 cM とは 100 回の減数分裂で 1 回の交叉が起こることが期待される距離です。ここで図のような交配を考えます。 P 世代の交配で A/a B/b という遺伝子型を持つ F 1 個体をつくります。この F 1 個体を a/a b/b という遺伝子型を持つ個体に戻し交配を行い、戻し交配世代を作成します。戻し交配世代の遺伝子型はほとんどが F 1 世代と同じ A/a B/b か a/a b/b ですが、まれに A/a b/b や a/a B/b という遺伝子型の個体が生じます。このような個体は遺伝子座 A と遺伝子座 B との間で染色体の交叉が起こった個体であると考えられ、組換え体といいます。 100 個体の戻し交配個体を調べたときこのような組換え体が 1 個体程度得られるような遺伝学的距離が 1 cM です。ヒトゲノムに存在する遺伝的な多型 (個人の間でみられる DNA の塩基配列の違い) を用いて、ヒトゲノム全体での遺伝的距離の総和を求めるとおよそ 4702 cM(Y 染色体を除く男女の平均値)になります。それを塩基対数に換算すると 1 cM はおよそ 660 キロ塩基対(66 万文字)となります (3100 メガ塩基対/4702 cM )。その長さをメートル法で示すと 66 万 × 3.4 × 10-10 m (0.022 cm)です。
ここで問題となるのはメートル法による距離の単位が絶対的な指標(物理的指標 : メートル原器の 1 m は、現在は 1 秒の 299,792,458 分の 1 の時間 (約 3 億分の 1 秒)に光が真空中を伝わる距離として定義されている。 )を用いて決定されているのに対して、 cM という遺伝学的な距離の単位が染色体の乗換えという生物学的な現象の頻度を指標として定義されているということです。ヒトと同じゲノムサイズもっている生物でも、その生物がまったく組換えを起こさないとすると 2 つの遺伝子座の間が物理的にどれだけ離れていても、その遺伝学的距離は 0 cM です。(ショウジョウバエの雄では乗換えが起こらないことが知られています )。このように極端な例ではないにしても、塩基の物理的な長さ (距離)と遺伝学的な長さ(距離)は種によっても、性によっても、あるいは染色体の場所によっても変わってきます。それは染色体の乗換えという現象が起こる頻度が、種や性や染色体の位置によって、同じ物理的距離でも異なっているからです。ただ染色体上に ABC という順番に並んでいる遺伝子座の遺伝学的な距離が AB 間よりも AC 間がより近くなるということはありません。
【成瀬清 東京大学大学院理学系研究科(2006年 9月)】